第九週:翻訳技術と覇王別姫(金曜日)
トトトト、トトトト、トットー。
トトトト、トトトト、トットー。
と、タイムボックスのエンジンルームからは小気味良く廻る回転体の音が聞こえ、コントロールパネルの前では赤毛のストーン女史が本部へ戻るための航路調整を行っていた。
と、そこに、
カチャリ。
と、シャワー室の扉の開く音がして、ヨレヨレのランニングに使い古したハーフパンツ姿の博士が入って…………来たんだけど、だらしない格好だなあ。
「ちょっと博士、なんですかその格好は――」と、ストーン女史が言い、
「なにって――」と、真っ赤なタオルで髪を拭きつつ博士が返した。「部屋着ですけど?」
「あのですね……一応、本部に戻るまでが任務なんですから、もう少しキチンとした格好……は、日頃からしてないか……せめて年頃の女の子らしい格好をですね――」
「はいはい。分りましたよ……これだから21世紀の英国人は――」
「ですから、そう云うのも差別ですよ?」
「もう……でも今回ぐらいは良いでしょ?三日も仮死状態で土の中に埋められてたんですから――体中バリバリなんですよ」
「まあ、おかげで助かりましたけど――」
「そう言えば、本物のユーさんは?」
「お兄さんと合流して無事故郷に――」
「しっかし、あのジーって人、あれ絶対ロリコンですよ?――私を見る時のあの熱いと云うか暑苦しい視線…………ああ、想い出しただけで鳥肌出て来る――」
「まあ、あの時代、14才でも十分な大人ってことでしたから――」
「だからって14才の女の子道連れにするなって話ですし、大体、私とユーさんが入れ替ったのだって気付いてなかったんですよ?」
「だからそれはTPの特殊メイクの効果もありますし……ほら、私だって髪染めてティスベってギリシャ人になったときは――」
と、そんな事を二人が話していると、突然、
ギギギギギギギギギーーーーーギャース。
と云ういつもの不快なブレーキ音を立ててタイムボックスが、
ガックン。
と、急停止をした。
「あれ?」と、博士が言い、
「本部にはまだ早いですよね?」と、ストーン女史が続けた。
「モニターは?」
「……なんか真っ暗です」
「ちょっと見て来ましょうか?」と、裸足のままで博士が立ち上がろうとすると、
「いやいや、私が見て来ますよ」と、ストーン女史がこれを止めた。「博士はせめてジャージを着て下さい」
そうして、ストーン女史が扉の方に向おうとした瞬間、
パカッ。
とボックスの出口扉が開き、
カクッ。
と全体の向きを斜め45度に変えたかと想うと、
ペッ。
と云う音とともに、白ジャージを羽織ろうとしていた博士を“強制排出”した。
「…………なんで?」
(続く)