第九週:翻訳技術と覇王別姫(月曜日)
「聞こえるかの?シャーリー」と、遠くの方で緑の老人の声が聞こえ、次にその小さくて大きな指が見えた。「これは見えるか?」
「…………見えます」――ずうっと向うの大きくて赤い月も見えます。
「何本に見える?」
「……一本です……立ってるのは」――もう、いつまでもその手は食いませんよ?
「ん……、左右に揺らすから目で追いなさい」
――なんで、そんな怖い顔されてるんですか?…………里のみんなも?
「ん……、ま、脈も呼吸も乱れてはおらんし――水嚢は当てたままにしておけよ、詳しくはイーの診療所で見て貰うことにしよう」
――診療所?
「いきなりは立たんように。軽い脳震とうじゃろうが、万が一と云うこともある」
――脳震とう?
「まあ案ずるな、顎先だけをキレイに打ち抜いておる……カワイイ顔にはキズひとつ付いておらんよ」
またそうやって…………。
「――どうした?」
「…………あのバカは?」
*
バン。
と、遠くの空で大きな音がして、直ぐに続いて、
ドンッ。
と、更に大きな音がした。
彼と彼女の決闘で時間が押しているのでもあろうか、里長が「頼み過ぎたらしい」とこぼしていた花火が、これでもかと春の夜空を埋め尽くして行く。
「ん?」と、サン=ギゼが訊き、
「……見れませんよ」と、少年は答えた。――まだ、右の掌に彼女の感覚が残っている。
すると今度は、
ババンッ!
と、ひと際大きな花火が上がり、
これに合わせるようにギゼがフラウスの横へと歩み出て、
「あー」と、言った。するとこれに対して、
「……なにがですか?」と、フラウスが問うが早いか、この希代の剣豪は、
「わしにゃ学はない」と、一言断わった上で、
「ほんじゃけん、こなあな時にじょうず言うことはまったくもって出来んが、ダチが、それが女や云うてもダチが、あんなぁ言うて来たら、ああしてやるんが、あんダチのためにも、オノレのためにもエエことやった、いや、致し方ないことやったんやないか……と、ワシなんかは想う――こぶし交わさんと、剣まじえんと分からんことも世の中にはあるけえのお。口だけでなんでもかでもすますワケにゃあイカンわ。ほじゃから、まあ、そなあなくらあカオしとらんと、涙ぁ流しとらんと、あっちもどうて、あんカワエエダチに笑顔のひとつでも見せちゃるんが、これから離れ離れんなるオノレらんためにも一番ちゃうか?……みたいに想うが、ワシの言うとること、なんぞ間違うとるかいのお?」
と、言った。
そこで少年は、
「……え?」
と、訊き返した。
(続く)