第八週:岩と笑い(金曜日)
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「無理にでも閉じるのは正解。でも、その前に一度、ドバッと開けてあげなくちゃダメ。
内側に溜まった圧力を一旦解放してからじゃないと、歪な形で閉まったり、別のところが破けたりしちゃうわ――」
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シャーリーの持つ大剣がフラウスの頸をかすめ、かすかな黒い血を彼に流させた。
しかし、ルリュイセスの衣を纏いしフラウスは、かくてもなおも逃げはせず、ほんの僅かに後退り、広場に鎮座す岩に気付いた。
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「なあ――」と、息を整えつつフラウスが訊いた。「もう良いだろ?」
「いや――」と、噛み締め過ぎた奥歯の痛みに堪えつつシャーリーが答えた。「まだ終われん」
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少女の背には 十六夜の
いまも盛りと 紫丁香花
ちとせやちとせ とわには居れぬ。
いまこそ群れ居 あそぶめれ。
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「なら――」と、両の手の構えを解きながら少年が言った。「歯なんか食いしばってんじゃねえよ」
が、この言葉に、少女は何も答えなかった――答えられずに居た。
「これが、最後かも知れねえんだろ?」
「……わたしは、」
「だったら!」
「わたしは、最後にはしたくな――」
「だったら!!」
「おまえは! わたしが! 守ると!!」
「だったら! 笑えよ!! シャーリー!! シャーリー・ウェイワード!!!」
が、しかし、この言葉にも、ふたたび少女は答えられず…………そうして、ふたたび、小さな口の奥歯を噛んだ。
すると、そんな少女に代わって少年が、「……騎士になるんだろ?」と言って笑った。
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ふたたび、東から一陣の強い風が吹いて、
フラウス達の里を襲った。
すると、その風に煽られ、少女の春衣装が、
月の影をかすめて行った。
少女が笑い、
少年も笑った。
もう、言葉は要らなかった。
ただ、風の音だけが聞こえた。
少女の剣が少年を襲い、その影を捉えた。
少年は逃げも構えもせず、その剣を受けた。
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ザンッ。
と云う音とともに、少女の大剣が少年の身体を斜めに切り落とした。
――と、その場の誰もが想った直後、岩に当って剣は折れ、少年は少女を抱き締めていた。
「ごめんな、シャーリー」
少年はそう言うと、その掌で、軽く、少女の顎先を打ち抜いた。
(続く)