新年SP:愛と勘違い(月曜日)
星団歴4239年。
惑星シオナ。帝都郊外 《ク=アン星際宙港》。
『ぴいぃっ』
と、遠くの空で鳴く一羽の鳥の声が聞こえ、少年がそちらを振り向いた。
すると、「なに?」と女性が訊き、少年はその鳥がいるであろう方角をゆっくりと指差した。
――が、この時、ロクショア・シズカとロン=リクショア=カイが見たのは一羽の凰であり、それはある少女の魂でもあった。
*
真っ赤に焼かれた大岩の如き熱の塊がロンを襲い、彼の周囲十クラディオンほどの地面を溶かした。
この時イグ=バリの発した『ラウド・ヘイラ―』は、我が惑星で云うところの小規模核爆発程度の熱量を持ち、その直撃を受けたロンの目は落ち、皮膚は焼けただれ、内臓器官にも多大な傷痕を残していたであろう――もしここに、輝く蒼き瞳持つ我らがシャーリー・ウェイワードが居なかったのならば。
『なに?!』
と、驚いたのは技を発したバリ一人のみであり、彼の技を躱した――と云うよりは“陰陽を逆転させた”と書いた方が正確かも知れないが――その少年と少女に取って見れば、それはあまりにも当為の事のように感じられていた。
“臥鳳蔵凰”
地面に伏したロンと、その陰より現れたシャーリー。
彼と彼女は――彼の身体と彼女の身体は、ウォン師匠が“言葉では伝え忘れていた”この型の本来の意味を、その窮地において、ハッキリと悟得していた。
“無極にして太極”とは、我が惑星の南宋時代、さる儒学者がさる種族に連れられ様々な時代の銀河を旅した後に獲得した言葉であったが、そう――、
“道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず”
“無極、太極、陰陽、五行、乾坤・男女・万物”
この型は一人では完成されず、必ず二名以上の“結”が必要であり、そこより万物は流転し、すべてが生成される。
『その時、彼の左腕に、朱色の翼のようなものを見ました』
とは、この場面に間に合ったロクショア・シズカが後年、宮殿史官に語ったとされる言葉であり、
またさる北銀河の史書には、同じくこの場面に遭遇したサン=ギゼの言葉として、
『あれはまるで舞って舞う二匹の鳥のようであった』
と、記されている。
*
両の足もて地を祓い
両の脚もて地を鎮め
肚は地に拠り気を纏い
両の手はもて倣うだけ
少女の背には 十六夜の
いまも盛りと 紫丁香花
ちとせやちとせ とわには居れぬ
いまこそ群れ居 あそぶめれ
ここは地の果て 暗闇の
しかし息吹きは 相揃い
舞って舞う間に 鳳と凰
夫婦和合の――
*
と、ここでロンとシャーリーの――いや、バリの身体も含めた“揺れ動く原子たち”の位相は、本来ならば有り得ないことだが、“すべてがすべてある場所”へと揃い、その結果として、彼と彼女が大地から、いや、その衛星の周囲40万kmほどから集めた気、波と振動が、彼らの身体と腕を通してイグ=バリの中へと流れ込んで行った。
無論。この時、バリの身体がこの流れを止めていなかったならば――ロンやシャーリーのように自他の別を無くしていられたならば――それらの気は、また改めて衛星の大気や大地、周囲の素粒子などに還元されていたであろうが、哀しいかな“ソレ”を行うにはバリは孤独に慣れ過ぎていたのかも知れない。
彼はその“気”をその身ひとつに受けると、その場に膝付き、倒れることとなった。
――そうして、
『臥鳳蔵凰』
と、少年と少女が互いに呟き、或いは想ったかどうかまでは分からぬが、彼らもまた、互いに互いの顔を見合わせると、満足そうな微笑みとともに、不意に気を失い、その場に倒れ込むことになった。
――直後、
*
グォォォオン。
グォォォオン。
と云う奇妙で不愉快な音が何処からともなく聞こえて来て、二人を衛星 《ソディム》からまた別の場所へと移動させてしまった。
*
「なるほど。それではやはり、それがイン=ビト王ですな」
と、ウォン=フェイがフェテス少年に言った。
「《最大剋星龍捲風》も王独自の技の一つです」
と云うか“アレ”が実戦で使われるところを見るのは稀有ですよ――“ビッグバン”のようなものですからね。
(続く)