第五十週:観察と鐘の輪舞(木曜日)
「だがまあ、いずれにせよ、僕も情報のみの存在ではあるが、だからと言って悲観しているワケではないのだよ?ミス・キム=アイスオブシディアン」
と、鷲鼻の男性の話は続く。
「なにしろ、実際の僕は――と言って、なにが“実際”かは分からないがね――何百年も前に消えてなくなっているハズなのに、今は、ここでこうして、大好きな養蜂と推理と化学実験の日々に没頭出来ているのだからね」
と、ここで男性は立ち上がると、天井裏を埋め尽くす十数種類の蜂の巣を眺めながら、
「が、ま、それでも、時々、“実体”が恋しくなるのも事実ではある」
と、言った。
「それでこうして、偶にこの惑星に飛んで来る蜂を捕まえてはその世話をしていると云うワケだよ――彼女たちは何故か、実体のままにこの 《カーウ》に訪れるようだからね」
「…… 《カーウ》に訪れる?」
と、博士――私の聞き間違いかしら?
「いや、聞き間違いではないのだよ、ミス・キム=アイスオブシディアン。彼女たち蜂は、この広大な宇宙を飛び廻り、故郷へと戻って、若しくは故郷となる場所へと向って行くらしい――大変興味深い生物だよ」
「オオツタハコバツバメバチも?」
「いや、彼女たちは私の……昔の友人の一人がここに連れて来たのだがね。詳しい理由は知らないが、私が地球に連れて帰ろうとしたら止められ、そこでここに連れて来たらしい」
すると、ここまで言って男性は、部屋の片隅に立ったままのトルコ帽の男性の方を向き、
「と云うことですまないが、ジョン。下にいる赤毛の彼女とクラゲオバケ君を呼んで来てはくれないだろうか?」
と言った。
「女王陛下に謁見するのだ。“ジャンプ”を望む全員が揃っていた方が良いだろう」
「――女王陛下?」と、博士。
「彼女達の女王陛下。前回のジャンプを経験し、先代よりその方法を継がれたのだそうだ」
(続く)




