第五十週:観察と鐘の輪舞(水曜日)
「普通に考えれば不思議なことばかりだ」
と、屋根裏の片隅に置かれた格子椅子に座りながら鷲鼻の男性は続ける。
「昨晩カーネギーホールでパガニーニ本人の『鐘の輪舞』を聴いたかと想えば、今朝はラジオでバルザックによるミルトンとホメロスへのインタビューが流されている――もちろんバルザックは手も足も出なかったがね」
そうして、そう言いながら男性は、両足を前に投げ出すと、壁のパイプ掛けからヤニが染み込んだ古い陶製のパイプを取り、
「失礼しますよ」
と言いながらそれに火を付けた。椅子の背にもたれ直した男性の口から青い煙がもくもくと舞い上がって行く様が見える。
それから今度は、その煙が天井に上って行くのを眺めながら、
「テレビでは“塩田”と云う老人が巨漢の男たちを次々と投げ飛ばし、窓の外を見ると辮髪姿の少年たちが“黄”と云う老人に武術を習っている」
と、男性は続ける。
「ここは一体何処か?世界中のクリケットプレイヤーが集ってウィケットを護っているのだからやはりロンドンだろうか?しかし星が違う」
「星?」
と、ここでようやく博士。
「世界中の天文学者も宇宙物理学者も何も言わないが、なぜ誰も夜空を見ないんだ?ペルセウスも居なければペガサスもカシオペヤもあれほど見付けやすいオリオンすら居ない――もちろんシリウスさえ見えない」
「……シリウス?」
「確かに、ここは私の住んでいたロンドンではない。彼の野蛮なるニューヨーク……を模した都市らしいが、それでも、ここまで星の位置が変わることはない。では何故変わったか?答えは簡単。ここが地球ではないからだ」
――パイプだけでは少々物足りないな。
「そうして何故、歴史上の人物と歴史外の人物が同時に犇めき合って居られるのか?これも答えは簡単――実体を持たないからだ」
(続く)




