第五十週:観察と鐘の輪舞(火曜日)
「初歩的な観察だよ、ミス・キム=アイスオブシディアン」
と、長くて繊細な二本の手をこすり合わせながら鷲鼻の男性は言った。
「……失礼だが、“アイスオブシディアン”と云うのは本名かな?」
すると訊かれた博士は、男性の勢いと雰囲気に飲まれつつ、
「あ、はい、なんか、最初に生まれた子どもには鉱物の名前を付ける家風だか仕来りだったらしくて――」
と、答えた。
「私の頃にはネタも尽きたのか、こんな妙な名前を――」
「そんな! 妙だなんて! そんな!」
と、博士の方を振り返りながら男性。
「大変! 素晴らしい名前だと想いますよ! 僕は!!」
「あ、ありがとうございます」
と、博士のこの返事を待つ前に男性は、その長身を屈ませると、鷲鼻と角張った顎が目立つ白い顔を博士の目の前にまで持って来て、
「いや、本当に素晴らしい名前だ」
と、続けた。
「“氷種黒曜石”……てっきり貴女の瞳の名前かと想った」
鷲鼻の男性は極度のヘビースモーカーなのだろうか、タバコの匂いをぷんぷんさせており、中にはコカインやモルヒネの匂いも多少は含まれているようだ。
すると――、
「ウォッホン」
と、二人に注意を促がすためだろう、ペルシャ帽の男性がこれ見よがしの咳ばらいを一つして、
「おい君、若いご婦人を困らせてはいけないよ」
と、言った。――薬物の匂いに気付かれても面倒だ。
すると鷲鼻の男性は、
「ああ、これは失礼」
と言うと、スック。と立ち直り、
「それでは本題に戻りましょう」
と、博士に背を向け距離を取った。
「そう。初歩的な観察なのですよ、ミス・キム=アイスオブシディアン。つまり、その観察に依れば、ここ 《カーウ》に住む住人は、私も含め、誰も本物の肉体を持ってはいない――謂わば、情報のみの存在なのですな」
(続く)