第四十九週:鷲鼻とヤシの実(火曜日)
『ふーん?』
と、その細い眉を釣り上げながらイグ=バリが言った。
『なるほど――アレを避けるか』
――その口元は期待と喜びで笑っているようでもある。
「あぁぁ、あぁぁ、あぁぁ」
と、遠く離れた地面にトン。と置かれた自身の左腕を見詰めながら――そのことの意味に気付きながら――ロン=カイはうめき声を上げ、
その彼の――ではなく、バリの方へと後方のシャーリーが飛ぼうとした
――瞬間、
『おい、嬢ちゃん』
と、喜色と怒色の混じった声と顔でバリが言った。
『アンタは後だ――邪魔をするな』
「勝負は付いたでしょ?!」
と、シャーリーが叫び、
『生きてるうちは付いてねえよ』
と、バリは応えた。
『――だよなあ?ロン=カイ?』
この問い掛けに少年は、身から離れた左の腕に、別れの言葉もそこそこに、ふたたびスックと起ち立つと、残った四肢を――三肢を使い、また再びの構えを取った。
『だよなあ……坊主』
と、今度は明らかに喜色に満ちた声と顔でバリが呟いた。
『俺とお前は……“こっち側”だよ』
が、ここで、ほんの少しだけ、奇妙なことが彼らに起きた。
「……に、にげ、」
と、少年が、その話せぬ口で、言葉を発したのである。
「にげ、て、……ウェイ……ワード……さん」
この出来事に最初に、そして最も驚いたのは、その言葉を向けられた少女――ではなく、彼の敵である男の方であった。
『お前は、』
と、自身の記憶を掘り返しながらバリが言う
『――話せないハズでは?』
――歴史は確かにそうなっている。
「にげ……て、く……ださ……い」
が、しかし、当の少年本人にとってこの出来事は、あまりに当為・当然であった。
「こ、ここ……ぼ……オレ、の、いく……さ、ば……です」
(続く)




