第四十六週:パートとタイマー(水曜日)
「ちょ、ちょっと、カイくん?本当どうしたの?」
と、彼女には珍しく動揺した口調でシャーリー・ウェイワードは言った。
と云うのも、彼女の目の前にいる少年――ロン=リクショア=カイが、遠くを飛ぶ朱色の鳥を見詰めたまま、不意に涙を流し始めたからであった。
「ア、アア……」
と、自身の涙に気付けたのでもあろうかカイ少年は、その話せぬ口で、言葉には出来ぬ想いを、なんとかこの同行の少女に伝えようとしたのだが、そのため振り向けた彼女の顔に、その蒼い瞳に、何故か、彼の想い人であり恩人でありその手で助けられなかった女性――ロクショア・シズカと同じある“何か”を認めると、ずっと記憶の――いや、魂の奥に抑え隠していた感情が一時に溢れ出しでもしたのだろうか、それ以上その場に立つことも能わず、ついにその場に崩れ落ちると、羞恥と後悔と抑えきれぬ涙でその小さな身体を溺れさせることとなった。
――が、まさにその時、
『まさか、お前だとはな――』
と、聞き覚えの――いや、忘れようにも忘れらない“あの男”の声が彼の耳にヌルリ。と侵って来た。
『“お嬢”と“坊や”には見て来るだけで良いって言われたんだが、まあ、この前の仕事の続きってことにでもするか――』
声の主は“イグ=バリ”。《ダイザンギ社》の森でシズカとカイを襲ったあの男であった。
『少しは成長したんだろうな?小僧?』
*
「ねえ、」
と、相変わらずの大乱戦状態である地上を眺めながらシャ=エリシャが言った。
「あの二人、ずっと微動だにしないわよ?」
と云うのも、彼女の見詰めるその先には問題の花嫁と花婿が (オートマータに襲われつつ)立っていたのだが、彼らが老王の『口づけを交わせ!!』発言からこっち (襲い来るオートマータを片手間に潰しながら)一体これから自分たちは何をしたら良いのか皆目見当が付かなくなったと云うか、『想考回路はショート寸前♡』になったと云うか、『そもそもお前ら小さい頃からずーっと一緒だったのに何を今更照れてやがるんだ?バカか?』状態になって、大昔のウインドウズみたいな感じにフリーズしてしまっていたからである。
すると、木の上のエリシャ以外にもこの若い二人に呆れ返った者が居たのだろう、
「おーーい!!こら!!ウーーー!!」
と、何処からともなく若い兵士の大声がして、
「早よぉヤビノさんにキスしてやれえーー!!」
と、戦場全体にこれから二人が接吻の儀を行う旨を喧伝した。――可哀想に。
で、まあ、それから更に十数分が経過し、
「で?少しは動きはあったの?実際?」
と、木の上でフェテスが訊くと、
「なんかね――」
と同じ木の上に座ったままのエリシャが
「子供みたいなキスだけして終わった」
と、少々残念そうに応えた。
(続く)
 




