第四十四週:結婚式と懐中電灯(木曜日)
「そうしてある晩、引き揚げの荷物を整理していたところ、彼はその荷物の中に、軍から支給されていた自決用の小型フェイズシフターが一つだけ残っていることに気付いたそうです。
『これも運命か――』と、夫はそんなことを想い、そのフェイズシフターを口に咥えると、奥歯でそれを起動させようとしたそうです。
ですが、その瞬間、その窓の向う、丁度 《妣国神殿》の真横辺りを、一羽の、見たこともない綺麗な朱色の鳥が『ぴいぃっ』と鳴いて行くのが見えたのだそうです」
*
「さっきの人たち、やっぱり消えちゃったわよね?でも、タイムパトロールだとしてこんなところで一体――なに?カイくん」
…………。
「宙?確かに惑星同士がこんなに近付いているのもかなり異常だけど――違う?」
…………。
「さっきの人たちの身振りから?あっちの惑星に飛んで行ったんじゃないかって?」
…………。
「近い順から?――あの赤いの?それから緑?……黄色、青、で、また緑って云うか蒼っぽい……ああ、なんか宇宙ステーションみたいなのもあるわね」
……!!
「さっきの人たち?どこ?!――あ、あれ?確かに飛んでいるような…………あら?いま何か別の……あの朱いのって何かしら?」
……?
「ほら、見えない?人工衛星にしては小さ過ぎるし、軌道からは外れているし、なんだか鳥みたい…………どうしたの?カイくん?」
*
『ぴいぃっ』
と、遠くの空で鳴く一羽の鳥の声が聞こえ、少年がそちらを振り向いた。
「なに?」
と、彼女が訊き、少年は、その鳥がいるであろう方角をゆっくりと指差した。
そんな彼の指の先、青く青い空の向うでは、二人がいままでに見たこともないような、一羽の、朱色の鳥が飛び去って行く所であった。
「ロン=カイ」
呟くように女性は言った。
これから向う惑星の言葉で 《良き兆し》を意味する言葉である。
「君の名前にしよっか?」
*
さて。
以前にも書いたとおり、作者である私は、この“良き兆し”と呼ばれる鳥と、辺境野蛮惑星 《地球》で“鳳凰”と呼ばれた鳥は同じか或いは同種の鳥ではないか?と――もちろん、学術的根拠などはまったくないが――考えている。
なので。
そんなこともあって、本作の地球向けタイトルには、この“鳳凰”の名を借用し『西方烈風、臥鳳蔵凰』と、付けた。
つまり、
《西からの烈しき風、眠れる“鳳”と隠れた“凰”》
と云う意味である。
本来この言葉は、ウォン・フェイ師匠が先の演武で見せてくれたように、ある武術の型式の一つなのであるが、そこで象られるのは件の 《良き兆し》――朱色の鳥である。
そうしてまた、西銀河においてこの鳥は、必ず雌雄夫婦で語られる鳥のようで、それがまた私が本作タイトルに“鳳凰”の字を借用した理由の一つにもなっている。
と云うのも――まあ、諸説あるようだが――私が参考にした古い地球の文献に依れば、“鳳凰”の“鳳 (ほう)”は雄を、“凰 (おう)”は雌を指す言葉だそうだからである。
*
「そうして、またこれも大変不思議なことに、その日その時刻、丁度私も、我が家の窓から、朱色の鳥が宙に鳴いて行くのを見たのです」
*
そう。
この 《良き兆し》を意味する雌雄の鳥は、特に男女の“結”の象徴である――と、西銀河一帯ではされているようであるが、
では?
《眠れる鳳》と 《隠れた凰》とは一体、何を、“誰”を、示すのであろうか?
(続く)




