第三十八週:フォースとサリュート(金曜日)
ジジジジジジジジジ、ジジジ。
と、例のラチェットレンチがいつもの変な音を出し、
「いいか?“ε・δのМ104”」と、そのレンチを見ながら大耳の男性は言った。「ちゃんと書き留めておいてくれよ」
すると、
「了解。“ε・δのМ104”だね」と、男性から渡された古式ゆかしき紙のメモ帳 (キリン柄)に文字を書き込みながらフェテス少年が返した。「ちゃんと書いてるよ、実際」
「これまでの三点を言って貰えるか?」
「えっと……一つ目が“М85・98・ν・β”で、二つ目が“α・ζ・М60”」
「それで、三つ目がいまのやつか」
「そうだね、“ε・δ・М104”」と、少々自慢気にフェテス。「どう?ちゃんと記録してるでしょ?」
「ああ、立派なもんだ」と、今の三点を頭の中で反芻しつつ男性。「間違ってはいないな」
――しかし、どこから見た座標だ?
「それで?」と、ここでエリシャが会話に割り込んだ。「まだまだ歩くんですか?」
――ドレスに合せた革靴が痛過ぎるんですけど。
「ああ、すまない。多分、あと一つだ――それで中央点が出て来る」
と、男性は返したが、如何せん歴史に謳われるほど広壮なランベルト宮殿を“ビジジジジ”の音だけ頼りに右往左往しているのである。
――若い子にはそろそろ辛いかもな。
「学校のオリエンテーリングでもこんなに歩きませんよ」と、エリシャが言い、
「そんなにキツイなら靴は脱げば?」と、彼女のことを気遣いつつフェテスは言った。
――が、それは乙女心が許さないのだよ、少年。
「キツクて痛くてもカワイイのよ、この靴は」
*
「貴公の仲間もこちらに来るそうだ」と、宦官の報告を受けて皇帝が言った。「――年端も行かぬ少女とのことだが本当か?」
すると、この質問に葉来は、
『“少女”とはその通りだが、“年端も行かぬ”かどうかは私には分からん』と、答えた。
――威厳だけなら、アンタに負けない時もあるからな。
*
「それでは、マクミラン教授のお墨付きも頂けましたし――」と、博士が言い、
『お墨付きなんかあげていませんけど』と、教授がツッコミを入れた。
「まあ、でも、黙認頂けるようですし」
『皆さんには借りもありますし――“お姉さま方”への報告は遅らせますよ』
「72時間?」
『規則ギリギリ、42時間』
――時間にはうるさいのよ?タイムパトロールですから。
「それで十分です」
『目指すは 《カーウ》ね』
「それから 《滝つぼ》へ」
『なにが起こるか……まあ、キム博士なら大丈夫ですか』
「モチのロンです」
『それでは、お気を付けて』
「行って参ります」
それから二人は互いに、中指と薬指の間を開いた状態の右掌を見せ合うと、
『“フォースと共にあらんことを”』と、先ずは教授が言い、
「“フォースと共にあらんことを”」と、それに応える形で博士が言った。
そうして二人は微笑み合ったまま互いの通信を切ったのだが――、後ろでこのやり取りを見ていたMr.Bが、
「ナア……」と、小さな声でストーン女史に訊いた。「イツ教エテヤルンダヨ?」
――アレッテ色々間違ッテルンダロ?
「うーん?」でも、地球の文化に興味を持ってくれるのは喜ばしいことですし、「いつか、そのうちね」と、ストーン女史も小声で返した。
――と云うか、私達も行くんだ?
(続く)




