第三十六週:ダイヤモンドと警告音(金曜日)
「その策なら知ってますし聞いてますし、なんならこちとら半分被害者ですよ」
と、大分切れた感じで博士が言った。
「薄汚いオッサン連中が寄ってたかって、か弱い女の子の身体を盗もうって云うか、その女の子になろうって言うんですから、気持ち悪いったらありゃしない」
――改めて口にすると本当に反吐が出そうな策ですね。
しかし、この言葉を投げ付けられた当の“加害者”の一人であった“エル”は、
『でもね、そうは想わなかった“貴女”も居たのよ?』
と、涼しい顔で応えた。
――だからいま、私がここにいるんですもの。
*
「持ち主不在の君の身体には陛下の魂が入り、“あの男”との旅を続ける。君はあちらの宇宙で幸福に暮らし、死者と生者のバランスは崩れない。あちらの君には多少気の毒かも知…………そうだな、宇宙を選ぶ時にはその辺りも考慮しよう。希死念慮のある君を選ぶか」
*
『私にこの身体をくれた“貴女”は「故郷に帰れる」って、とても喜んでいたわよ』
と、その氷種黒曜石の瞳を博士に向けながら“エル”。
『その“貴女”の代わりに死者の世界に行った“貴女”もまた喜んでいたわ。「やっと死ねる」ってね。――すべての“貴女”が貴女みたいに考えるワケじゃないのよ?』
*
「あれは陛下のお孫さんか?」と、宮廷騎士団『朱南』のロスト・リチャーズが言い、
「フラウス様だ」と、同団員J・B・ワイアッドは答えた。「さっきの警告音?は止んだが、なんだこの状況は?」
「子供同士のケンカにしちゃあ雰囲気が悪いし、あの奇妙な箱とロベッタアオクラゲみたいな奇妙な生き物はなんだ?」
*
「それでもケッタクソ悪いことには変わりありませんよ」
と、博士。
「つまり、あなたの中身ってあのコンパルディノスのオッサンなんでしょ?」
――こちとら、あの頃の殺意は想い出さないようにしてるのにさあ。
『もちろん、こちらの世界の“私”とは違う私だけどね』
と、“エル”
『あと、身体が変わると気持ちも変わるしね』
――“別の世界”に行けるようになったのも大きかったし。
「それで今度の目的は?“あの人”と一緒になったんだったら問題ないでしょ?」
――そう言えば一緒じゃないのね?
『“あの人”には、まだ会えてないわ』
「…………え?」
『その前に問題が起きてね』
――今日来たのもその関係よ。
そう“エル”は想うと、タイムボックスの方へ後退っているフラウスと小さなアイスオブシディアンの方へと目を遣った。
「そっちの小さな私ですか?」と、博士。
『多分ね』と、“エル”『それと、そっちの坊やにもヤボ用があるけど』――なるほど、まだ知らないんだ。
「坊や?」
と、博士はつぶやくと、足元に居る少年の方に目を遣った。やはり、どこかで会ったような気もするが……、
「お姉さん――」
と、そんな博士の考えを読むかのように少年が彼女に声を掛ける。
「僕です。フラウスです。―― 《女神たちの滝つぼ》で会いましたよね?」
*
「――君、そんな時どう想う?」
「……“あんまり大丈夫じゃないのかな?”って想います」
「そう。かしこいのね。右手を出して――」
*
「乗って、フラウスくん」
と、“その時”の記憶を想い出すよりも早く博士は、彼の右手を取りボックス内に持ち上げていた。
「“大丈夫、何も問題はないわ”」
(続く)




