第三週:タオルとスプーン(金曜日)
「《女神たちの滝つぼ》?」と、真っ赤なタオルを開いて見ながら博士は訊いた。「――こんな小さな池が?」
「知ってるの?」と、博士の方を振り返りながらフラウスも訊いた。――タオルには小さく白い文字で『Don‘t Panic』と書かれてある。
「むかし……同じ名前の場所になら行ったことがあるわ」――が、“アレ”は全てキレイに処理されたはずだ。
「じゃあ、そこから取ったのかな?」――お姉さんの雰囲気が変わった?
「うーん。偶然だとは想うけどね……」――っと。いけない、いけない、笑顔、笑顔。
それから博士は、すっかり乾いた白ジャージの中から――白ジャージの四次元内ポケットの中から、グレープフルーツスプーン様の道具を取り出すと、チチチチチ。と、池の周囲を走査し始めた。
*
「なにか分かりましたかー?」と、池のほとりでフラウスが叫び、
「大体ねーー」と、枯れた滝の下から博士が叫び返した。モミの木の陰に隠れて分かり難いが、滝の中ほどに黒い穴のような物が見える。「取り敢えずそっちに戻るわーー」
*
「多分、アレがその“抜け穴”ね」と、スプーンで穴を指しながら博士。「――見える?」
「見えますけど……アレは何なんですか?」
「……君、名前は?」
「……フラウスです」
「あのね、フラウス君。――例えばさ、誰かがさ、“大丈夫、何も問題ない”って言ったとするじゃない?」
「……え?」
「――君、そんな時どう想う?」
「……“あんまり大丈夫じゃないのかな?”って想います」
「そう。かしこいのね。右手を出して――」
そう博士に言われるまま、言われるがままに、彼はその右手を彼女に差し出した。
すると博士は、スプーンを持つ手を入れ替えてから、彼の右手をキュッと握った。
「いい?アレは「この世界」と「ほかの世界」の間に開いた小さな穴…………ほんとは鏡みたいなもんなんだけど――『盗賊たちの質問』っておとぎ話は知ってる?」
「……いいえ」
「そう。いつか調べてみて――この辺だと『時間盗賊』って呼ばれてるかもしれないけど」
「ごめんなさい、一体何の話を――」
「これからアレを閉じるわ」
「閉じる?」
「結構長い間放置されてたみたいで、なんか危なそうなのに気付か――そう、閉じるの」
「それは大丈夫なの?」と、フラウスが訊き、
「“大丈夫、何も問題はない”――」と、微笑みながら博士は応えた。
(続く)