第三十三週:胡蝶乃夢と一陽来復(木曜日)
『逍遥遊・胡蝶乃夢 (リトル・ウイング)』
と、暗い宙から葉来の叫ぶ声が聞こえ、直後、
キーーーーーーーーイィィィィイィン。
と云う細く鋭い衝撃波が露台に立つ皇帝を襲い、彼をその場から逃げ出さ――せなかった。
「?!」
――どこに消えた?と、来が想った瞬間、彼の四方より、
「桑間濮上 (マニック・デプレッション)!」
と、叫ぶ皇帝の声が聞こえ――それよりも早く、同じく四方より巨大なオスミウム球のような衝撃波が彼を襲った。
グオォオオンッ!!
「?!!」
――これも奴の技か?と、締まろうとする身体を逆に緩めることで衝撃波を受け流そうとする来に対して今度は、
「“ヘンリクの息子たち”の技を使うとは何者だ?」
と、彼の右耳に囁く者が居た。
「皆、亡んだ筈だぞ?」
――件の皇帝であった。
すると問われた葉来は、この問いには答えずに、答えられずに、ただ、
『“ヘンリク”?』
と、逆に訊き返した。
『これは“以色列”の技だ』
――が、この声は“幻影”だな。
『貴方こそ、いま、その技を出された』
「私のはパクリだよ」
と、先ほどの衝撃波とは別の四方から、またしても皇帝の声。
『なるほど』
と、来。
『盗んで、それから亡ぼしたか』
――帝国のやりそうなことだ。
「亡ぼした?」
と、声が一瞬にも満たない瞬間、ひるんだ。
――が、それで十分だった。
陰陽の陰が深まったところに本人はいる。
『一陽来復 (ヴードゥー・チャイルド)!』
と、再び来は叫び、微かだが鈍く重くハッキリとした殺意を纏った数百の衝撃波を皇帝が居るであろう陰へと向け放った。
――これならどうだ?
――が、しかし、これも完全なる空振りに終わった。
「荘子送葬 (あなたがここに居て欲しい)」
と、声にも出さず皇帝は呟くと、来のものとは逆位相の衝撃波を来のものと同じ数・同じ種類だけ放った。
すると、波の干渉作用により衝撃波は消滅、皇帝には傷一つ付かない。
「?!」
――なんだこの技は?初めて見……いや、想像したことすらない。
と、これが来の死角となった。
自分の知っていた、想像していた男と同じ男が、自分が知っていた、想像していたのとはまったく毛色の違う技を出している
――そこで、身体と意識が鈍った。
「貴公は私を知っているようだが、」
と、次の一瞬よりも早く、皇帝が来の目前に迫る。
「どうも違う私のようだな」
――その違和が無ければ、もう少し楽しめただろうに。
『西銀河帝国皇帝ランベルト!』
と、生命を取られ掛けた直前、来は叫んだ――叫ぶことが出来た。
『お前のせいで私の恋人は死に、私は無実の罪を着せられたのだ!!』
(続く)




