第三十二週:露台と空席(金曜日)
さて。
この夜の晩餐に限らずランベルト一世主催の食事会には、必ず一つは空席が出来るよう手配されていた――と云う巷説がある。
ある史学者に依れば、これは西銀河帝国特有の“礼”におけるある種の作法儀礼が皇帝家で変化したものだそうだが、実際のところは、『本当に空席が出来ていたのか?』も含め皇帝家からの資料公開不可のため、検討のしようもなく、こちらも巷説の類いは出ない。
が、しかし、私が取材を試みた方々の何人かは、この件に関して、『そう言えば――』と云う口調で、彼らが出席した食事会での空席の存在を認めている。
その中でも、ある高名な僧などは私に、
「その会で陛下は、ふとした瞬間に、その空席を見詰め、大変……そう、懐かしさを感じているような、そんな目をされていました」
と、語ってくれたりもしている。
*
「そうか――」
と、失望と安堵の混じり合った声で大帝は言った。
「ひょっとしてとは想ったのだがな――」
露台に出てからまだ二刻も過ぎていない。 (作者注:ここでの一刻は約14分30秒)
が、あの男のことを想い出そうとすると時間の概念自体が狂い始める
――と、宙に浮かぶ見えない月を見上げながら皇帝は想った。
「それで、その耳の大きな男はその後どうしたのだ?」
と、皇帝は訊き、
「僕らにこの件は内密にするようにと、もし自分のことがバレたら、僕らの“記憶を壊しに来る”と」
と、右手の人差し指を自身の額に向けながらフラウスは答えた。
すると、その仕草が想いの外滑稽に映ったのだろうか皇帝は、
「ワァッハッハッハ!!」
と、月も震えんばかりの呵々大笑で応えた。
「いやいや、いよいよあの男に似ておる。安心しろ、フラウス。それは多分にハッタリだ」
*
チャーー、チャーチャカ、チャカチャカ
チャッチャン、
チャカチャカ、チャカチャカチャカチャカ、
チャチャチャンチャ――、
と、やたら気の抜けたコメディドラマのオープニングのような音がして――、
*
「フェテス君?」
と、飲み掛けの食後酒を口から離しながらローベルト・モールトン教授は訊いた。
「どうかしたのかね?」
と、テーブルの他の面々も少年の方に目を遣ったが、当のフェテス本人は広間の外に浮かぶ 《つごもり月》の方に顔を向けたまま微動だにしない。
「フェテス?」
と、エリシャが声を掛け、
「始まったのかね?」
と、モールトン教授が訊いた――直後、
グオォオオンッ!!
と云う轟音が露台の方より聞えた。
(続く)




