第三十二週:露台と空席(月曜日)
「はてさて、少々酔いが廻ったようです」
と、給仕長に目で合図を送りつつ皇帝が言った。
「食後にはエシクス産の果実茶か料理長混和の黒豆茶、もちろん各地の食後酒もご準備しておりますので、お好きな物をお言い付け下さい――おい、サルフィド」
すると呼ばれた給仕長は一言、
「かしこまりました」
とだけ言い、他の給仕たちに指示を出す。
「あとは任せた。失礼のないように」
「かしこまりました」
「私は少々夜風に当たり、酔いを冷まして来ましょう――ああ、フラウス」
と、少々唐突に、皇帝がその孫の名を呼んだ。すると呼ばれた少年は、
「え?あ、はい、なんでしょう?」
と、こちらは少々戸惑い気味に言葉を返す――この食事の間中、祖父とはほとんど会話らしい会話はしていない。
「露台に出る。ジジ一人では心許ない。お前も付き合え」
「あ、はい」
「ああ、飲み物だけ先に決めておきなさい」
と、孫の傍らに立つ給仕を示しながら皇帝は言うと、その流れのままフラウスの母――息子の第三夫人であるファウスティナの方へと目を遣り、
「お借りしてもよろしいかな?」
と、訊いた。
すると夫人は、ほんの一瞬、他の誰も気付かないであろう程度に、驚いた顔をしたが、直ぐに平常を取り戻すと、
「はい、もちろん」
と、微笑みで返した。
「失礼のないようにね、フラウス」
*
「はてさて、どこから訊いたものか」
と、帝都の宙に浮かぶ見えない衛星――我々の惑星で言うところの 《つごもり月》――を見上げながら皇帝が訊いた。
「お前たちは一体、何を隠しておるのだ?」
(続く)




