第三十一週:新しい声と冬のカモ(月曜日)
『なんでこの子は小さいままなんですかね』
と、いつもの黒ジャージから白のブラウスに着換えながら少女は言った。
彼女の前には浮遊型の4Dデバイスが使用者の動きに合わせながら位置や角度を変え、送られてくる大量の報告書を次から次へと映し出している。
『“童女”とか“幼い女の子”とか“小娘”とか、確かにこの身体はあんまり発育の良い方じゃないですけど、色んな時や所の文献から引っ張って来た“この子”のイメージって、どう贔屓目に見てもティーンエイジャーですらないですよね?』
すると、その部屋の片隅に座っていた少年――彼は彼女の着換えが目に入らないよう壁に立てかけられた異様な大きさの 《モナリザ》の顎の辺りを見ていたのだが――は、その真一文字に結んでいた口をゆっくり開くと、
『それは多分、彼女の中では時間が過ぎていないからでしょう』と、言った。
新しい声にまだ慣れていないのだろうか、“彼女の中では”の辺りで違和感を覚えた彼は、途中から声のトーンを少し落とした。
ぷっ。と、背中のファスナーを上げながら少女が笑った。
『……なにか?』と、少年。
『いや、私にも覚えがありますが、貴方のソレは自前でしょ?』と、少女。
『変わったばかりですし、四つ目が長かったですから』
そう言うと彼は、ついこれまでの癖で顎髭の辺りを撫でまわしてしまったのだが、もちろんそこに白く長かった髭はなく、代わりに、少年期特有の滑らかでのっぺりとした肌があるだけであった。
『ま、感謝はしてますよ』と、少女。『おかげで私は助かったんですし』
『あの場合、貴方も私も助かるには必要な処置でしたからな』
(続く)




