第三週:タオルとスプーン(月曜日)
『《女神たちの滝つぼ》に “抜け穴”が出来た』と云う村のうわさをフラウスが耳にしたのは、つい一週間前のこと。幼なじみのシャーリー・ウェイワードを通じてのことだった。
「お父さまとスチュが話しているのを聞いたから確かよ」そう彼女は言い、
「“滝つぼ”って?」そうフラウスは訊いた。
「滝の水が落ちて来るところ。フシュの森の奥にあるんですって」
「“抜け穴”って?」
「知らない。――だから探検に行くのよ」
「……“探検”?」
「私とあなたで!」
だが結局この夜、家を抜け出せたのはフラウス一人で、当のシャーリーは、執事兼教育係のスチュワート監視の下、ずっと貯め込んでいた勉強課題に取り組まねばならなかった。
*
フシュ=ジェの森は暗く深く、他所の者なら日中でも道に迷い抜け出せなくなるほどに険しく入り組んでいたが、それでも、フラウスにとっては帝都にある父の屋敷の庭よりも慣れ親しんだ森であった。
伴連れのいない寂しさのようなものはあったものの、不安や恐怖よりは興味や冒険心の方が勝っていた。なにより今日は満月の春分である。数多の女神たちの加護も…………と、彼がフ。とその満月に目を遣ると、そこに一つの影があった。
『なんだろう?あれ』
彼の見詰めるその先、高度にすると3~4kmほどだろうか――今まさに宙から落ちて来ようとする何かの影が見えた。
「……女のひと?」
そうつぶやく彼の目には、その人影――白き衣に黄金の刺繍をまとい、しっとり濡れた黒髪に妖しく光る月の光を反射させたその姿はまるで女神…………のようには全く見えず、ただただ落ち続けている女のひとに見えた。
『助けなくちゃ!』と、彼は走り出していた。
(続く)