第二十九週:無限と修道士(月曜日)
さて。
と云うことで、週をまたいでしまって大変恐縮だが、先週金曜日の続きである。
*
「分かったよ」
と、件の天才物理学者は言った。
「確かに、君の言うとおりだ」
そうして、それから少しの間を置いて、
「確かに君の計算は正しい」
と、忌々し気に付け加えた。
「だけど君の物理学は憎らしい」
*
さて。
先週も書いた通り、この理論物理学者は、確かに彼は天才であったけれども、生まれ育った環境から与えられたある種の信仰・先入観、つまり『宇宙は不動である』と云う宇宙観を、どうしても捨てられずにいた。
そこで、先述の修道士は、果して彼にどんな意図や想いがあったかは不明だが、この天才物理学者の下を訪れると、過ちを認めるよう彼を説得し、彼から冒頭の言葉を引き出した……と云うことであるらしい。
なるほど。
当時既に巨大な名声を手にしていた天才物理学者の誤りを正すとは誰にでも出来る仕事ではないが、この修道士は、この数十年後、もっと巨大な相手の誤りをも正すことになる。
そう。
それは西暦1951年から52年に掛けてのことで、その相手とは、当時のローマ教皇ピウス十二世であった。
*
「ねえねえ、ちょっと訊いて良い?」
と、ある日ある時、教皇ピウス十二世がその側近に言った
――と、想う。あくまで想像だけど。
すると、
「なんですかな?教皇」
と、その側近は返した
――もちろん、作者の想像の中でだけど。
「最近さあ、“ビッグバン”って言葉が流行ってるじゃん?あれって一体なんなの?」
「さあ、私も詳しいことは分かりませんが、どうも宇宙創成期の爆発のことらしいです」
「え?それって“光あれ”ってこと?」
(続く)




