第二十七週:終わらぬ戦と飲酒癖(金曜日)
さて。
西銀河帝国の史書に依れば、『無音のロン』ことロン=リクショア=カイは、
“その出自の負い目もあったのか、他者に頭を下げることを極端に避ける傾向にあった。”
とされており、また、他の史料・資料を紐解いてみても、実際そのような性向の人物だったことが関係者の証言などから読み取れる。
がしかし、これはあくまで総体として見た彼への評価であり、例えば、《ハヌルカスの戦い》で彼がある一体のロボットに対して見せた誠意のように、彼の中で必要かつ十分な条件が整いさえすれば、その固く重い頭を下げることを厭うような人物ではなかった
――と、筆者は考えるがどうであろうか?
*
「それはどう云う意味じゃ?」
と、ス・イゲイは訊いた。
が、その問いを向けられた少年は、依然として、床に額をこすり付けたままの格好で、微動だにせず言葉も発そうとしない。
ここは 《サ・ジュジ騎士学校》の来客用応接室であり、ここにはこの二人以外にも、ここの学校長とイゲイのお伴で中に入ったシャーリー、そしてタイムパトロールの博士とストーン女史がいる。
あまりも場違いと言えば場違いの土下座であり、状況によっては許されぬ行為ですらあったであろう。
が、しかしそれでも、ロン=カイ少年には、必要かつ十分な理由があった。
「地面に伏せたままでは何も分からん。せめて一言言ったらどうだ?」
と、ふたたびイゲイは訊いたが、この問いに対しては少年に代わりに学校長が、
「喋れんのじゃよ、イゲイ」と、答えた。
「喋れない?」と、イゲイ。今では酒の匂いを隠すことも忘れている。
「理由は不明だが、この子は 《言葉の記憶》とやらを失くしてしまっているらしい」
そう言われて改めて少年の方を見るイゲイ。――なるほど確かに、言葉はなくとも身ひとつで踏ん張ろうとしているのは分かる。
「なら良し」
と、少年の前にしゃがみ込みながらイゲイ。
「言葉は要らん。形で示せ」
すると少年は、その真剣な顔を下に向けたまま、
コツン。
と、額で床を一度叩いた。
「なるほど、分かったようじゃな」
コツン。
と、再び少年。
学校長以下四名の目など気にしている余裕も彼にはないらしい。
「その格好は“赦し”でも乞いたいのか?」
コツン。
「シズカを護れなかったことに対してか?」
……ゴツン。
「であれば、相手を間違えておるぞ?」
………………。
「お主が赦せてないものは、誰にも赦せんよ」
…………………コツン。
「アイツを護れなかった自分自身が赦せないのであろう?」
ゴツンッ。
「なら、出来る事は一つしかなかろう?」
………………。
「幸い、アイツも命は取り止めたらしい」
……………………コ、ツン。
「なら、次は護ってやれ」
ゴッ!
「その手助けなら、いくらでもしてやろう」
ゴンッッ!
「《騎士》として生きる覚悟があるならな」
ゴンッッッ!!
「修業は厳しく、戦は終わらぬぞ?」
ゴンッッッッ!!!
「毎夜、寝る前、“いっそあのままで死んでおれば”と想うことばかりだぞ?」
ゴンッッッッッ!!!
「それでも良いのだな?!」
ゴンッッッッッッ!!!!
と、少年は応え、
「学校長!!」
と、イゲイは叫んだ。
「なんだ?!」
「こ奴は!! ワシが引き受けよう!!!」
(続く)




