第二十五週:踏み台と抱擁(木曜日)
我々ヒューマノイドの急所は主に、人中線――人体の中心線の周囲に集められている。
その証拠に、代表的な急所を上から順に挙げてみると、頭頂、額、こめかみ、目、耳、顎、頸、頸椎、心臓、肺、肝、腎、鳩尾、膀胱、金的……と云うようなことになる。
なので、いわゆる玄人の方々と云うのは、これらの急所を十分熟知した上で、目標に対した場合、ことを速やかに済ませようとするのなら、これら急所を素早く的確に打とうとしてくる。
――それも、ほぼ無意識に。
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“シズカ”と呼ばれた眼帯姿の女性が、次にその左足つま先で狙ったのは、フラウス少年の右の耳と乳様突起であった。
彼はいま、プラネタリウム上層階の手摺りの上にしゃがみ立った状態で“シズカ”の右手首を、その小さな左手でつかんでいる。
この後どのように動くかなどは無論考えてはいないだろうが、その右手も、何故か彼女の右手首をつかもうとしているように見えた。
「右半身がガラ空き」
と、“シズカ”が想ったかどうかは不明だが、少なくとも彼女の身体はそう事態を把握し、左足を動かした。
――が、これは誤算であった。
彼女と彼女の左足つま先が、彼の右の耳を打ち抜いたと想った瞬間、彼の顔と身体はそれよりも二‐三段ほど下方に下がり、と同時に、彼女の身体の平衡は狂わされた。
そう。
本来、宙に浮かぶ何者かを何者かがつかんだ場合、そのつかんだ側は、自身が落とされぬよう、その場に踏み止まろうとするか、情勢が悪ければ、その一度つかんだ手を離そうとする。
そう。
そうして確かに、今回のフラウスも先ずはその場に踏み止まろうした。
が、しかし直後、情勢が悪いと判断した彼の身体は、手を離すこともその場に踏み止まることもせず、逆にそこから落ちたのである。
(続く)




