第二十四週:庭と重ね合わせ(金曜日)
さて。
「重ね合わせた状態」のウルプレックスの生死を確定するためには、誰かがその青い箱を開けてその生死を“観測”してやらなければならないのだが、それはさておき困ったことに、その生死と云うのは、“観測”した瞬間“ランダム”に確定してしまう。
「ちょっと待って下さい。いまの今まで決まってなかった放射線粒子の向きが“観測”した瞬間に“ランダム”に決まる?そんなデタラメなこと…………普通はないですよね?」
と、まあ、普通の生活人の倫理道徳を持ったアナタは考えるであろうし、実際、大昔の地球で大変人気のあったある理論物理学者も同じようなことを感じたらしく、
“神はサイコロを振らない。”
と云う箴言を残していたりする。
が、しかし、それでも、この箴言に対して、
“神が何をなさるのか命令してはいけない。”
と、別の理論物理学者が反論したように、世界の成り立ちとか神の思惑とか悪魔の右手と云うようなものは、我々普通の生活人の想像の何倍も奇妙奇天烈摩訶不思議奇想天外四捨五入出前迅速落書無用なもののようである。
*
「降りてっちゃったね」
と、下階へ降りて行く男性の後ろ姿を見ながらフラウスが言うと、
「逃げるつもりかしら?」
と、エリシャが誰に言うともなく訊いた。
すると、
「でも実際、これを置いて行ったから戻っては来るんじゃない?」
と、男性が置いて行ったラチェットレンチを興味深げに眺めながらフェテスが言った。
「本当に言う通りにして大丈夫かしら?」
「まあ実際、あの人が良い人とは限らないし」
「あ、でも――」
「なあに?フラウス君」
「似た雰囲気の人になら会ったことあるんだけど……」
そう。何故か、“滝つぼ”であった少女と同じ感じを受ける。
「その人はとても良い人だったよ」
*
くいぃぃぃん。
と、ジュースパックが奇妙な音を立て“抜け穴”からの訪問者を捜した
――が、一向にそれらしい反応は表れない。
「おい、本当に見たのか?」と、苛立ち気味に男性が言うと、
「目は見えてるよ」と、部屋の反対側から相棒が返した。
「アンタは道具に頼り過ぎだよ」
「しかし、さっきは確かに……」
「もう行っちゃったとかじゃねえのか?」
「いや、相手が何にせよ、この建物から出て行く理由はないハズだ」
そう男性は言うと、上階にいるフラウスの方を見た。
――瞬間、
コロン。
と、大ぶりのダモグラン・レモンのような物体が、一瞬だけ出来た暗闇の中から、彼らの立つ丁度中ほどへ投げ込まれた。
『なんだ?』
と、男性が想ったのと同時に、
ビッ。
と云う閃光が室内を埋め尽くし、
『マズイ!』
と、男性が想うよりも早く、
バサッ。
と云う音とともに大型の捕光ネットが天井から落ちて来て、男性の相棒である光型知性体を捕まえた。
すると、
『しかし、こんな所で 《ジバレー》に会うとは想いませんでしたよ』
と云う女性の――少女の?――よく通る声が室内に響いた。
『変な光り方をされたら困りますからね』
「《ジバレー》なんかじゃねえよ!」
と、捕らえられた光型知性体は返したが、直後、捕光ネットが完全遮蔽モードに切り替わったため、彼の姿はもちろん、彼の声も完全に聞こえなくなってしまった。
それからその女性 (少女?)は、
『《ジバレー》が 《サカタッティ》でも変りませんよ』
と、捕光ネットの留め口を確認しつつ言うと、
『ね?シズカさん?』
と、“抜け穴”の中の相棒へこちらへ来るよう促がした。
(続く)




