第二十四週:庭と重ね合わせ(水曜日)
さて。
話頭は転々とし続けるが、ここに一匹の可愛らしいウルプレックスがいて、またその横には彼一匹を入れるのに丁度良いサイズの青い箱があったとしよう。
で、この青い箱の中は外からは見られないのだけれど、その箱の中には、種類は何でも良いんだけど、ある種の放射性元素が入っていたとしよう。
すると、そこに一人の理論物理学者がやって来て、いかにも物理学者然とした態度で、そのウルプレックスを箱の中に閉じ込めてしまった――と、しよう。
『なんでそんなかわいそうなことをするのかしら?』
と、我々一般人は想うかも知れないが、それは彼 (又は彼女)が理論物理学者だからであって、そんなところで立ち止まっていては物理の話は進まない。
と云う感じであるからして、話を無理やりにでも進めると、その後、その青い箱の中の放射性元素は、ある一定時間を過ぎたところで、崩壊することになるハズである。
さて。
この時、この崩壊した放射線元素から放出された放射線が箱の中を右に進んで壁に当たるか、左に進んで可愛らしいオスウルプレックスを殺してしまうかは、箱を開けてみるまでは誰にも分からない
――と、量子物理学では考えられている。
つまり、この理論物理学者が、或いは善意の第三者が、この青い箱のフタを取ってみるまでは、このウルプレックスは生と死の状態を“重ね合わせた状態”にいることになる。
*
「ほら実際、上の方にいたろ」と、息を切らせながらナビ=フェテスが言い、
「大丈夫だった?フラウスくん?」と、もう少しで笑いそうになる自分を必死で堪えながら、シャ=エリシャが続けた。
すると、この問いに対して、
「……笑いたいんなら、ご自由にどうぞ」
と、絶賛 《お姫さまだっこ》継続中のフラウスが答える。
「この人に助けて貰ったんだよ……えーっと、すみません。お名前は?」
と、男性の太い首に腕を廻したままの状態でフラウスが言い、
「あ?私の名前か?」
と、そんな彼を床へ降ろしながら男性は言った。
「そんなもの知ってもどうにもならんよ」
「いや、でも、ずっと“この人”とか“名無しさん”とか呼ぶわけにも――」
「ああ、なら、取り敢えず、知り合いからはいつも――」
と、男性は自身のあだ名?ニックネーム?をフラウスに伝えようとしたが、丁度その時階下から、
「おーい、ジイさん!」
と、彼を呼ぶ声がして、話はここで中断された。
「“穴”の中から誰か出て来たぞー」
(続く)




