第二十四週:庭と重ね合わせ(月曜日)
さて。
昔々――と言ってもこのお話より遡ることたかだか300年ぐらい前の昔でしかないが――東銀河の辺境の、そのまた更に奥まったところにある野蛮惑星 《地球》の、アメなんとかと呼ばれた大陸のかなり南の方にアルゼなんとかと云う国があった……らしい。
※作者注:例のオリンピックのゴタゴタで参考にしている資料類がやたらと虫食い状態なので、このようなお見苦しい表現が増えて来ることご容赦頂きたい。
で、そのアルゼなんとかと云う国に、とても野蛮惑星の住人とは想えないレベルの、一人の理論物理学者 (多分)がいた。
※作者注:残した著作の内容から理論物理学者であろうと推測されるのだが、如何せん資料がボロボロなので一応留保は付けておく。
その学者の名は、ホなんとか・フランシスコ・イシドロ・ルイなんとかかんとかヘス・アセベードと云うのだが、彼が星団歴3946年 (西暦だと1941年)に出版した小説仕立ての論文集『やまたの園 (無限に枝分かれする小径の庭)』では、その当時の地球ではまだ誰も想像すらしていなかった、いわゆる 《量子力学の多世界解釈》についての説明が試みられていた。
――少し該当箇所を引用してみよう。
“私は無限に続く迷路の事を考えていた。迷路で出来た迷路。曲がりくねりつつ拡がり、そこに過去と未来が入り込み、更には星々までをも取り込んでしまった迷路のことを。”
で、まあ、今現在の我々の目でこれを読めば、この小説家のフリをした物理学者が言わんとしていることは、まさに宇宙の多世界解釈そのものであるのだが、当時の野蛮惑星 《地球》においては、彼のこのアイディアを理解してくれる者はまったく皆無だったようだ。
*
「あ、エリシャ、そっちの扉はダメだよ、実際」と、ナビ=フェテス少年が言い、
「でも、フラウスくんを助けに行かなきゃいけないでしょ」と、シャ=エリシャは返した。
「ちがうよ、そう云う意味じゃない」
「じゃあ、どう云う意味よ?」
「ここのプラネタリウムの出入口は非常口を入れて五つ。三つは下の方にあって残り二つは上の方にある」
「……だから?」
「吹き飛ばされた扉は下の三つだけで、どうも上の二つは吹き飛ばされていない」そう言ってロビー上方を指差すフェテス。
すると、
「……じゃあ、上の出口の方が安全ってこと?」そうエリシャは返したが、直ぐに、
「でも、反重力装置が切れてたら行けないんじゃない?」と、続けて訊いた。
「それもまたそう云う意味じゃなくて――火の匂いも薬品の匂いもしないだろ?」
「だから…………結局どう云うことよ?」
「つまり実際、この爆発は人力で、これをした人は多分まだ下の方にいるってことさ」
(続く)




