第二十二週:雨と栗キントン(火曜日)
と、ま、そんなこんなで、承前。
『今日こそは抜け出そう』
と、フラウス少年が想ったかどうかは、どこの史料にも資料にも書かれていないので、本当のところはこの作者にはまったく全然分らないのだが、この年の雨期も終わり掛けたある日の午後、彼が父の第二別宅から抜け出したのは、紛れもない事実のようではある。
*
「それで実際、こんなせまい通りにアイスクリーム屋さんなんかあるの?」
と、雨の寒さに少し震えながらナビ=フェテス少年は訊き、
「このガイドだともうちょっとね」
と、幼なじみのシャ=エリシャは応えた。
「もう一度よく見るからカサ持ってて」
「でも信じられないなあ、42種類ものアイスクリームなんて」
「だって帝都だもん」
「答えになってないよ」
「《ブレケレン》の何倍も人がいるってこと」
「だから?」
「それだけ色んな味を食べたい人がいるってこと」
「例えば?」
「このガイドだと“バナナ&ベリー&バニラ栗キントンが大人気”って書いてあるわね」
「……栗キントンってなんだっけ?」
「さあ……あ、ほら、あったわよ」
そう言ってエリシャが指差す先には、確かに青とピンクの文字で『42』と書かれた大きなネオン看板が立っていたのだが――、
「でも実際、人気店には見えなくない?」と、フェテス少年。「あんまり並んでないよ?」
すると、そんな彼からカサを受け取りつつ、
「雨だからじゃない?」と、エリシャが言った。「おかげで待たなくてもすむわよ――すみません、ここって最後尾ですか?」
と、そう彼女が声を掛けた相手は、偶々然々にも、フラウス・ランベルトその人であった。
(続く)




