第二十週:社と甲冑(金曜日)
次の瞬間、少年は飛び出していた。
母と、その恋人を殺した時とは、また別の殺意が彼を覆っていた。
『こいつは敵だ』
と、少年は想い、
『殺すべき敵だ』
と、少年の血が叫んでいた。
*
相手までは2.5クラディオン。
いまの彼ならば一息で詰められる。
相手の力は知らない。知りたくない。
殺意はこちらが上だ。彼女を傷付けた。
彼女の許へ向いたい。邪魔者は要らない。
死なせてはいけない。また微笑んで欲しい。
*
「なるほど、お前か」
と、厚布で手を拭きつつ男が言った。
「たしかに、血は濃いようだ」
と、少年の緑の瞳を確かめてから男は、
ふわり。
と、右の手の掌底を彼に向け、
「だが、何も教えて貰ってないようだ」
と、その手を軽く前後に揺らした。
と、同時に。
「ラット・ディス (ギター殺人者の凱旋)」
と言う男の呟きと、細かく、そして大量の衝撃波が少年の身体を包んだ。
*
「まあ、そう、案ずるな」
と、再び男が、厚布で手を拭きつつ言った。
「頼まれたのはお前だけだったんだが」
そう言って男は、倒れた少年に近付き、
「歴史とは違って、この女が先に来た」
そう言って彼の、顔を覗き見確かめた。
「それで殺した」冷静そのものの声だった。
「――その方がお前も寂しくはないだろ?」
*
『なにを言っている?』
と、少年は訊きたかったが、そもそも言葉は扱えず、いまは身体も言うことを聞かない。
「じゃあな、“ロン=カイ”」
と、自分と彼女しか知らないハズの名を男が言った、
丁度その時。
「最小剋星龍捲風 (クースラポリの義憤)」
と、男の背中を小さな衝撃波が襲った。
「逃げなさい、ダンマリくん」
瀕死の彼女からの、最後の贈物であった。
*
ブブブ。
グオン。
シュン。
*
「まさか! あの状態で動けるとはな!!」
そう男は叫んだが、これはロクショア・シズカに向けてのものではなく、森へと逃げ込んだロン=カイ少年に向けてのものであった。
地面を眺める。
が、血の跡はない。
自分の技は身体の内側に直接届くため口や耳から血を流さなければ血痕は残らない。
「が、それでも」――想像より丈夫なようだ。
と、男が想った瞬間。
ジジ。
と、彼の胸ポケットで装置が鳴った。
自分以外にこの時空に侵入した者がいる。
『いまはここまでか――』
そう男は考えると、手近の木のウロに“抜け穴”を作り、そこへと潜り込んだ。
*
ブ、
グォ、
シュ。
*
『逃げなさい、ダンマリくん』
彼女のその言葉が頭から離れなかった。
逃げる? 何処へ?
逃げられるのか? 脚はまだ動くのか?
宝物館? ダメだ!
行ってどうする? 誰が助けてくれる?
母は助けてくれなかった。
父は何処にいるのかすら知らない。
誰か! 誰か! 誰か!
誰か彼女を!!
*
そう彼の意識が消え掛けた瞬間、ブヨブヨっとした奇妙な声が、彼の耳に届いた。
『オーイ、探シテルがきッテ、こいつカ?』
(続く)




