第十九週:大魚と星の海(水曜日)
「この料理人はイグ=バリと申すのですがな」
と、公子オーレスは言った。
「元々は東銀河の出だそうですが、《スーザオ》の賈人の紹介で我が家で雇うことにしたのです」
と、そのように紹介されて料理人は、しかし緊張のせいだろうか、ルーアン王の顔をハッキリと見ることはせず、軽く会釈をしただけで、彼らの前に置いたパーチの身を取り分けようと――しているように見えた。
「はっはっはっは。いやいや、これは失礼、王よ」
と、料理人の無礼を謝ろうと――不手際から目を逸らさせようとオーレスが笑って言った。
「職人気質と言いますか頑固者と言いますか、腕は立つのだが、如何せん愛想がない」
「いやいや兄上、これだけ見事な姿焼きを見せられた後では、如何ほどのことでもありますまい」
と、王。
「いやはや申しわけない」
と、オーレス。
「良いかバリ?――王には一番良い部位をすべてお上げするのだぞ?
――良いな?」
と、この言葉を合図に、イグ=バリは、突然に目の前の魚の腹をつんざくと、そこに仕込んだ半ザイオン (約30cm)の小刀を取り出し、そのまま一息にルーアン王の首と、それから心の臓を突き刺した。
「な、なにを……」
と言う間もなく王は死に、イグ=バリもまた、そのまま王の左右の者にその身を四方から刺された。
王の随行者たちはあまりのことに騒然となったが、彼らが次の行動を起こそうとするより早く、公子オーレスは地下に伏せておいた私兵を繰り出すと、彼らルーアン王の徒を攻め、抵抗する者を殺し、降伏する者は手足を縛り捕虜とした。
「バリ!大丈夫か?!」
と、形勢が安定したと見るやオーレスは、件の料理人の方を振り向き声を掛けた。
が、その公子の声に彼はただ微笑み返すと、そのまま息を引き取った。
(続く)




