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第十八週:天使と良き兆し(金曜日)

「いえ、脳の機能に障碍があると云うわけではなさそうなんです」


 と、旅に出る前、王宮付属の医師は言った。


「ただ、意思と云うか記憶と云うか、そちらの方の力で言葉が出なく――出せなくなっているようなんです」


 この医師の言葉に、件の少年の保護観察者となってしまったロクショア・シズカは、


「すみません。よく分らないのですが……」


 と、科学の講義を寝て過ごした過去の自分を苦々しく想い出しながら訊き返した。


「“失語症”と云うのは脳の病気では?」


「ああ、ええ、確かに。“失語症”はそうですね。大脳の言語中枢が損傷を受けることで引き起こされます」


 と、医師は答え、


「では、彼が喋れないのも同じ理屈ではないのですか?」


 と、更にシズカは訊き返した。


「あ、いえ、何と言えば良いか……“失語症”と云うのは、『言語の記憶』が失われることを言うのではなくて、あくまで『言語の記憶を想い出そうとする機能』が傷付けられて引き起こされる症状のことを言います」


「……違うんですか?」


「違うんですよ――脳の機能が損傷することと『言語の記憶そのもの』が傷付いたり失われたりすることは違う。だから、損傷部分が回復されれば、患者は再び言葉を喋る」


「あ、なるほど」


 とシズカは、多分に大雑把ではあるのだろうが、自分なりの納得をしてそう言った


 ――が、すると新たな疑問が湧く。


「え?でも……であれば、『言語の記憶そのもの』とは、一体何処にあるのですか?」


     *


「でもやっぱり、ずっと“ダンマリ君”って呼ぶわけにもいかないわよね」


 と、騎士団名義で発行された少年の渡航認可証を確認しながらシズカ。


「本当に――あ、いや“こんな風に呼ばれたい”とかってない?」


     *


 少年の母親とその恋人における彼への虐待――と書くだけでは、その実際を表現するには余りにも足りないと筆者には想われるが――その行為は、彼へ向けられた物的事象もさることながら、心的事象も相当大きかったものと考えられる。


 なにしろ彼には、戸籍上の名前はもちろん、日常的に呼ばれる名前もなかったのだから。


     *


『ぴいぃっ』


 と、遠くの空で鳴く一羽の鳥の声が聞こえ、少年がそちらを振り向いた。


 すると、


「なに?」


 と、シズカが訊き、少年は、その鳥がいるであろう方角をゆっくり指差した。


 そんな彼の指の先、青く青い空の向うでは、二人がいままで見たこともないような、一羽の、朱色の鳥が飛び去って行く所であった。


「ロン=カイ」


 呟くように彼女は言った。


 これから向う惑星の言葉で『良き兆し』を意味する言葉である。


「君の名前にしよっか?」



(続く)

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