第十七週:コクン頭と酔っ払い(金曜日)
「《ウー=シュウ》の騎士学校へ?」
と、留置施設の保護司は訊き返した。
「しかし、裁判すらまだ始まっておりませんよ」
――対する相手が相手だけに、彼もまた薄いながらも騎士の血を有している。
すると、このある意味まっとうな意見に対してロクショア・シズカは、
「陛下のご意向だよ」と言って、一枚の封書を取り出した。「私も少し戸惑ってるんだ」
なるほど確かに、封書の蜜蠟部分にはランベルト大帝の印章が捺されている。
「詳しくは中を読んでくれ」――きっと、師匠が陛下に何か言ったんだ。「私があの子を 《ウー=シュウ》の酔っ払いの所まで連れて行くことになったらしい」
*
「――すなわち、礼を人に勧めるなら仁義をもってしなければならず、人を束縛するのであれば刑罰をもって処しなければならない」
と言ったのは、《ウー=シュウの大虎》ことス・イゲイである。
ここは、彼の勤める (囚われている?)ウー=シュウの騎士学校 《サ・ジュジ》が建つスザン山山中である。
「その為、徳厚き者は高位を得、禄重き者は恩寵を受け、海内統一し、万民整斉することになるのだが――ここまでは良いか?」
と、彼の後ろを付いて来る四名の少年少女に向けイゲイは訊いた。
――訊いたのだが、如何せん彼らが今いるのは 《ウー=シュウ》でも指折りの名瀑布 《ジョ=ウチの滝》の直ぐ傍である。まったくもって何も聞こえない。
すると、こちらを向いたイゲイの表情から『なにか訊かれている』と感じ取った少年が、
「すみません!先生!!」と、滝の音に負けてなるものかと、声を張り上げイゲイに言った。「おっしゃっていることが!まったく聞き取れません!!」
この少年の言葉にイゲイは、(多分にワザと)驚いたような顔をして見せると、
「よいよい!」と、こちらも滝の音に負けぬ大きな声で返した。「今の話は!どうせ聞いても!よくは分からんよ!!」
――心なしか彼の顔には若干の赤味が見て取れる。
と、彼のこのある種無責任なセリフに引っ掛かる所があったのだろう、今度は別の少女がこれまた声を張り上げて、
「それでは!なぜ!話されたのですか?!」
と、イゲイに訊いた。
これにイゲイはすぐさま答えようとしたが、喉に若干の寂しさを感じたのだろうか、腰に差していたエシクス竹の水筒を取り上げると、ごくごくごく。と、“気持ちの良くなる何かの液体”を一息に飲み、それから、
「お主らが!滝に見惚れていたからじゃ!!」
と言った。
「おかげで!こうして話が出来ておる!!」
この彼の回答に四人の少年少女は呆気に取られているようであったが、イゲイはこれを無視すると、
「ワシが教えられるのは!あくまで!“楽”だけ!“礼”が知りたいなら!南シュシュイの緑人らにでも訊いてくれ!!」
と言って、そのほてり始めた左右の頬を左右の手でゴシゴシとこすって見せた。
*
「古伝に“治定まり功成りて後、礼楽起こる”とあるのは知っておろう?」
と、滝の水でズブ濡れになった身体を拭きながらイゲイが言った。
「人道深まれば徳いよいよ厚く、楽また変わる――濡れた身体はキチンと拭けよ、こんな所で風邪でも引いたら割に合わん」
彼らが今居るのは滝より200クラディオンほど離れた山小屋の中である。
「が、楽しみ満ちて節なければ楽しみに溺れ、満ちて抑えなければ身も傾く。それ故、楽を作るのは節抑のため」
と、少々酔いの回った頭と目でイゲイが続ける。
「君子は謙退を礼、損減を楽とする。――覚えておきなさい」
(続く)




