第十七週:コクン頭と酔っ払い(月曜日)
「それでは、そこで左足を緩めて右足に寄せて……」
と、この時代既に珍しくなっていたコクン頭の男性が言った。
「それと同時に右の掌を顔の前にまで持ち上げて…………そう。そうすれば左の掌は自然と右手首の内側に近付いて…………そう。それで良いんです」
彼の前には人種も年齢も異なる七名の男女が距離を取りつつ立っていて、彼の指示に従い奇妙な踊り――と云うか、地球で云うところの太極拳のような動きをしている。
「あ、ラクさん。顔は前を向いたままで」と、大柄の中年女性に静かに指示を出す男性。「それでは次に左足を一歩前……踵が先ですよ」
と、ここで、彼らのいる教室――と呼ぶには設備も生徒も揃っていないが、その打ち捨てられた区内集会所の扉を叩く音がした。
コンコン。
と、自分を呼ぶノックの音に振り向きもしないまま男性は
「良いですよ、入って来て下さい」と言うと、「ほらおキクさん、そこで体を右に廻……そうそう、両の掌が前後に分かれて行くのが分りませんか?」と、そのまま生徒たちへの指導を続けた。
「それじゃあ遠慮はしませんけど」と、衣服に付いた埃と靴に付いた泥を落としながら訪問者の女性は言った。「……私が誰だか憶えてます?」
「それでは次に左足を踏みしめながら膝を曲げて下さい」と、男性。「もちろん憶えてま……あ、コユウさん、重心はキチンと左足に移して下さい。そうすると右足が自然に伸びますから」
「十年ぶり……以上ですけど?」
「息遣い、歩く時の癖、剣の持ち方、直っていません……そう。そうすると体は右に廻り左の掌は前に推し出されるかと想います」
「陛下が師匠に相談に行けと――」
「あの方の過保護ぶりには――あ、右の掌は後ろに……そう、すると左の掌が相手の肝と胆を同時に…………うん。休憩にしましょう」
(続く)




