90.温故知新
結界師の館。書斎の机に、あれやこれやと書き散らされた文字でびっしりと埋め尽くされた紙が置かれ、それを前にライムとジャンベは考え込んでいた。
数日前から、ライムとジャンベはギルドの図書室でギルド史をはじめ様々な歴史書を読み込み、自分たちにとって重要そうである事柄をメモしていった。一般的な歴史書では、冒険譚の出現や魔具の発見は、この世界の文明を飛躍的に進歩させた革命的な転換点として記されている。世間の常識としてもそうであろう。しかし、ライムの育ったラクダ村では、少し異なる。冒険譚について教えられることがほとんどないばかりか、村全体が冒険譚と関わることを拒んでいるような雰囲気であった。父方叔母であるレモンと話した今なら、理由もわかる。その原因が、父、シトラスであることも。
竜の筆のギルド史には冒険譚について、一般的な歴史書と違い、またラクダ村のような忌避する対象とも違い、中立的な書かれ方をしていた。ドンカウル歴905年、現在の「冒険者ギルド 竜の筆」の前身である、「異譚調査団 竜の筆」が設立される。当時のリーダーであり、冒険者ギルドとしてライオンタウンに本拠を構えてからも初代マスターとなった、ドラグニ。この男が、異譚、現代で言う冒険譚の謎を解明するために立ち上げた組織であるという。曰く、「異譚はこの世界に益を成すのか、害をなすのか。」
その後、ギルドマスターはドラグニの娘であるリアイに受け継がれ、さらにその弟子であるジモングへと受け継がれた。その間に、定食屋でんえんの併設、図書室や研究室、ギルド寮の完成、ライオンタウンの住人たちとの交流や季節行事の手伝い、ギルド規則の成り立ちなどが記されている。また、鑑定士の項目では最初の鑑定士としてショウノジンに触れられている。出身は3代目マスターであるジモングと同じ、ブジンカ国との国境付近。S級鑑定士という地位を築いたのもショウノジンであるという。鑑定士よりも前のページから触れられているのが、結界師。ドラグニの妻が結界師であり、そこから竜の筆と結界師とは密接に関わっている。
ライムたちは、つい現マスターであるエレンドのページを確認したくなり、一旦は途中のページを飛ばした。すると、これまでの3人のマスターに比べ、エレンドはかなり若くしてマスターの地位に就いている。慌ててそれ以前のページを辿ると、3代目マスターのジモングが生前のうちに受け継いだようだ。さらに歴史を遡ると、「ライオンタウンにおけるS級魔物出現による大災害」という文言が飛び込んできた。この時、当時のマスターであるジモングを筆頭に、エレンド、シンリュウ、ハクビ、ジームドンクら竜の筆のメンバーたちが魔物へ立ち向かい、見事討伐したとのこと。しかし、街の被害は甚大であったという。
「今は、こんなに綺麗な街なのに・・・これ、ほんの30年くらい前の出来事だよね」
ライムが文字を指でなぞりながら、読み進める。そして、この時。
「あれ、エレンドの息子、ザンデラ誕生・・・ザンデラさんって、どこかで聞いたことがあったような・・・」
ライムが首を傾げ、天井を見上げる。
「ボク、鑑定士室でなんとなく聞いたことあります。たしか、A級冒険者の方だって・・・」
それを聞き、ライムの記憶に思い当たることがあった。
「そういえば、僕たちが初めて冒険譚へ挑んだ時。ギルドにザンデラっていう人がいたんだ!」
エレンドとよく似た金髪に漆黒の髪が混ざった、好戦的な男。
「それ以来、姿は見ていないけど。まさか、マスターの息子さんだったなんて・・・というか、マスターにお子さんがいたなんて初耳だよ。奥さんは・・・書かれていないね。それに、なんだか唐突な気がする。大災害、その後にすぐ、ザンデラさんの誕生・・・」
「この大災害と、ザンデラさんの誕生が、何か関わっていたりするのかもしれませんね」
ジャンベの言葉に、ライムも大きく頷いた。
ギルド史の情報を振り返りながら、ライムとジャンベは結界師の館の書斎でさらに調べ続けた。
「あのギルド史、やっぱり意図的に、真相が書かれていなかったみたいだった。その時々に起きた出来事は最低限書かれているし、なんなら僕たちの入会まで記されていた。自動的に追記されるような魔具なのか、誰かが書き足してくれているのか・・・それなのに、肝心なところだけ書かれていないことってあるかな」
ライムと一緒になって、ジャンベも首を捻る。ライムは、書斎の本棚を片っ端から辿っていった。
「あれ?これって・・・」
ライムが本棚から、1冊の分厚い書物を取り出す。背表紙には「結界師一族の歴史」と、剥がれかけた金字で書かれている。ページを捲ると、竜の筆のギルド史より遥か以前からの歴史が綴られていた。はじめに見つけた知っている名前は、ドラグニであった。当時の結界師、クスラと結ばれ、リアイとイアラの双子が生まれたところから、こちらの書物ではイアラに焦点が当てられている。結界師の能力を持つのはその家系の女性、能力が発現した者は皆短命である。それを受け入れて、父ドラグニや姉リアイが調査団として旅立つのを見送り、館に残って血を繋いだ。ミロアの曾祖母にあたるエンリ、祖母のシイラ、そして母のアンメ。ミロアへと結界師の能力を受け継いでいった女性たち。
ライムとジャンベは、歴史を遡るように前のページへと戻った。ドンカウル歴880年。大陸のなかで大きな戦争が勃発。そしてそのページに、ほんの僅か触れられている人物。
「ノーツァルパント・・・」
異端渡りが口にした名前。冒険譚を生み出した人物。マスターも、この名前を知っているようだった。しかし、普段暮らしの中で聞くような名前ではない。このページでも、戦時中にニマール国の戦士としていくつかの重要な功績を上げた、とのみ記されていて、冒険譚との関係には一切触れられていない。
「もしかして、歴史を研究する人たちですら真相を知らない・・・?それか、ギルド史みたいに核心には触れていないだけなのかな」
ライムと一緒にページを覗き込んでいたジャンベが、紙にペンを走らせた。
改めて、びっしりと文字の書き散らされた紙を2人並んで見返す。
「ハクビさんの言っていた、3代目にはお世話になったのに恩を仇で返しちまった、っていうのは、この大災害にまつわることだと思う。この大災害で、マスターたちは魔物を討伐して街を救ったことになっているけど、この魔物っていうのがあのSランクの冒険譚・・・前にモカさんが見せてくれた閲覧禁止の封印がかかった、あの冒険譚から出てきてしまったものだとしたら・・・」
ライムの言葉に、ジャンベが続ける。
「大勢の死傷者が出た、と書いてありました。もしも自分たちのせいでそうなったら、きっと・・・耐えられないくらい大きな罪悪感があると思います。その直後にマスターの息子であるザンデラさんが誕生、やっぱり何か関りがありそうです。ボク、ショウノジンさんの生い立ちも気になりました。ショウノジンさんのことは、結界師一族の歴史にも当然書かれていますけど、合わせて読むと・・・。ショウノジンさんがこの館にいらっしゃったのが、5歳の頃。同じ年に竜の筆が、ギルドとしてライオンタウンに移ってきています。偶然、じゃないように思いました。あと、ショウノジンさんの出身地、ブジンカ国との国境近く、ボク、今ならわかります。ここ、聖地アーケの近くです」
ジャンベが、書斎にあった大陸地図を指さす。やはりこの地図にも、聖地アーケは存在しない。
「ギルド史にも、結界師一族の歴史にも、聖地アーケやその民、ウボンレイ族には触れられていません。前にスドウルさんがボクに言ったこと、本当だったんだなって思います。隠されていても気にならない、というより隠されていることすらみんな知らないんだと思います」
ジャンベとライムが、大陸地図を穴があくほど見つめていると、書斎のドアがノックされた。
「失礼いたします。お菓子とお飲み物をお持ちいたしましたけれど・・・」
ミロアが、色鮮やかな花のような練り菓子がのった折敷を持ち、その後ろからメイドが紅茶のマグカップや茶こしを持って現れた。
「すみません、えっと・・・」
ライムとジャンベは慌てて、姿勢を正す。相変わらず、格式高い雰囲気には慣れない。それだけでなく、何故だかミロアの前では、粗相をしたくないという気負いが湧いてきてしまうのだ。
メイドたちが去った後、「わたくしも、ここに居てよろしいですか?」とミロアは灰色の宝石のような目でライムとジャンベの顔を見つめた。何度も頷く2人。上品に笑うと、ミロアは2人に練り菓子を勧めた。
頬のとろけそうな心地よい甘みにうっとりし、徐々に2人の緊張がほぐれてきた頃。静かに微笑みながら、ライムとジャンベの様子をみつめていたミロアが口を開いた。
「わたくし、母から何度も聞いておりました。ジモング様、竜の筆の先代マスターの御方ですけれど、ジモング様と、わたくしの祖父が、この書斎でよく遅くまで議論を交わさていたと。今のお2人のようなご様子だったのかなと、勝手ながら感じておりました。エレンド様と祖父とでは、少しお歳が離れていますので」
ミロアの言葉に、ライムとジャンベは顔を見合わせた。
「あの、ショウノジンさん、もしかしてウボンレイ族と関りがあったりはしますでしょうか」
ジャンベが恐るおそる尋ねる。ミロアは、少し目を大きく開いた。
「それは、わたくしの口からはなんとも・・・」
ミロアがそう言いかけたところで、書斎のドアが開いた。噂をすれば、まさにその人、ショウノジンであった。ショウノジンはライムとジャンベを見つめると、その表情から何かを感じ取ったらしい。
「お前たち、何かを知ろうと調べることは止めんが、わしについてを他の者から探るのは感心せん」
その言葉に、俯く2人。そして、ライムが思い切って顔を上げたところで、ライムよりも先にジャンベが言葉を発した。
「すみません、そうでした。ご本人に直接お聞きするべきでした。ボクたち、今、色々調べています。あの、『7』の冒険譚、メイン・ストーリー・・・と言うんですよね?」
ショウノジンの、白眉がぴくりと動いた。
「左様。それならば、既にプロローグやエピローグについても、知っておろうな」
ライムとジャンベが、揃って頷く。
「あの、ショウノジンさんは、ウボンレイ族とどんな関係がおありですか?」
ジャンベの聞き方が、先程と微妙に異なっていることにライムは気がついた。ショウノジンは、ジャンベを射抜くように見つめる。ジャンベは、思わず俯きそうになりながら、手をぎゅっと握りしめ、踏ん張った。
「それは、今は話せん。話せん理由がある。いや、話してもよいのか、実はわしには分からん。しかし、お前たちには聖地アーケへ辿り着いて欲しい。わしはもう・・・入ることが出来んからの。お前たちが、わしのように閉ざされてしまわんよう、余計なことは言わん」
ショウノジンは言葉を切って、1度深呼吸をした。
「お前たちが異端渡りなる者と接触したことは、エレンドから聞いておる。我々は、これまでの歴史上、最もノーツァルパントへ迫っておる。異譚渡りから得られた情報が、あまりにも大きい。わしらのこれまでの研究、そして現代の新たな知見。様々な情報が積み重なって、もうほんの少しで真相へ手がかかりそうじゃ」
書斎の窓から差しこんでいた日の光が、いつの間にか衰えている。ショウノジンはランプにあかりを灯した。
「あまり遅くならぬよう帰るんじゃぞ。これからもこの書斎は使って構わんからの」
館の庭先まで、ミロアが2人を送り出してくれた。ライムは心のどこかに引っ掛かっていたことを、あまり期待しないようにして、ミロアに尋ねた。
「あの、僕の父・・・シトラスという名前なんですけど、ギルド史にも、もちろん結界師の皆様の歴史にも、名前は見当たらなかったです。でも、Aランクの冒険譚を1人で完結させるくらいの腕はある冒険者だったみたいで・・・名前を聞いたこととかあったり・・・しないですよね?」
ミロアは、人差し指を下唇にあてて、真剣な表情を浮かべた。それだけで、ライムは十分に思えた。
「申し訳ありません、心当たりはないように思います。ですが、皆様が追っている謎を、別の角度から追いかけている御方だっていらっしゃるかもしれません。もしかしたら、お父様がそうかもしれませんよ」
ライムは深く頷いた。父も同じ謎を追いかけている、というのは願望かもしれないが、あり得ない話ではないように思う。
ライムとジャンベは、並んで寮へと帰る道すがら、全く冒険譚の話はしなかった。代わりに、冒険とは関係のない、たわいもない話で盛り上がった。先程、書斎から庭先までの間にミロアから教えてもらった甘味の店へ行ったなら。昔からある定番のものか、新作の変わり種か、どちらを食べるか決着がつかないまま寮の玄関に着いていた。




