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87.受け継がれたもの⑥

 ドンカウル歴973年。

 ライオンタウン、結界師の一族が暮らす館は、結婚の祝いで賑わっていた。アンメが、町長の息子と結ばれたのだ。ここのところ、曇った顔色の多かったショウノジンも、今日ばかりは笑顔がみえる。町長の息子は誠実で真面目な男であった。祝いの席に招待された竜の筆の面々、特にエレンドやシンリュウ、ルンポたちに酒をたらふく飲まされ、真っ赤な顔で「僕は、アンメさんを生涯かけて、守ります!」等と宣誓していた。

「ジモング様」

新郎の宣誓で大盛り上がりのなか、声を掛けられてジモングが振り向くと、ドレスに身を包んだアンメが微笑んでいた。

「わたくし、母やご先祖様の意思を継いで、これからも竜の筆の皆様に精一杯ご協力させていただきますね」

ジモングも立ち上がり、笑顔で返す。様子に気づいて向こうから慌ててやってくるショウノジンを見て、アンメは「父のことも、どうかよろしくお願いいたします」と付け加えた。


 ショウノジンは、ジモングの護衛のもと、何度か聖地アーケへ赴いた。メイン・ストーリーを鑑定する役目を請け負ってくれる聖地アーケの民を探す目的であったのだが、聖地アーケの民は皆、乗り気ではなかった。繰り返すうちに、もしかしたらジモングかショウノジンか、それとも両方が、僅かでも「聖地アーケの民に害をなす想像」をしてしまったのかもしれない。ある日を境に、聖地アーケの入口は2人に対し閉ざされてしまった。

 次にショウノジンは、あの時のウボンレイ族の男、シンバルと接触することを試みた。しかし、ジモングにはマスターとしての務めもある。ショウノジンがジモング以外の護衛で調査へ出かけることも、危険である。ショウノジンが聖地アーケへ入ることが出来なくなったと、梟の栞が知らなかったとしたら。

 ジモングは、竜の筆の中から、自分たちの調査を協力し、引き継いでくれるような存在を探していた。真っ先に浮かんだのはエレンドたちのパーティーであるが、ふとジモングは思う。

「僕はマスターの立場を利用して、ギルドのメンバーを都合よく扱おうとしてはいないか」

 ジモングが竜の筆へ向き合おうとする一方、ショウノジンは1つの仮説を導き出していた。梟の栞が脅して協力させようとした聖地アーケの民は、聖地アーケに逃げ込むことは出来るが梟の栞が一緒に入ることは不可能。また、梟の栞に協力しようとしたウボンレイ族は聖地アーケに入ることが出来なくなる。そうなると、梟の栞は手詰まりなのではないか。シンバルのように幼い頃から育てても環境に思想は染まり、鍵としては機能しなくなる。他に何か打つ手はあるのだろうか・・・。ショウノジンの仮説としては、梟の栞は今すぐの打開策を手にしていない。つまり、今はまだこちらも準備を整える余裕がある。

「発見次第、メイン・ストーリーを鑑定します。いずれはこの役を引き継ぐ者がいればよいのですが。時がきたら、私はS級鑑定士の役職を設け、その座につきます。国中、大陸中に注目されることでしょう。梟の栞も、簡単には手を出せない代わりに、私の動向は探りやすくなります。私は高ランクの異譚を鑑定しながらも、なかなかメイン・ストーリーへ辿り着くことが出来ていない振りをします。その間に、新たな鑑定士が・・・」

ショウノジンの計画に、ジモングは頷いた。


 竜の筆、訓練場。

 ジモングが肩を回し、一息つく。久々に汗を流した。

「しかし、若いのに強いな、君たち」

足元には、息も絶え絶えのエレンドとシンリュウ。

「いや、ジモングさん、普通は、若い方が、有利なんじゃねえの・・・?」

「くそ・・・おい、エレンド、寝てんじゃねえよ、さっきのやり方でもう1回、いくぞ・・・」

ふらふらと立ち上がるエレンドとシンリュウに、ジモングは満足気に頷いた。

 竜の筆、図書室。

 リアイが生前、戦闘や魔法をはじめ、ギルドの面々が様々な知識を得られるようにと揃えた本が並ぶ。奥の方の席に、本や資料が山積みになっていて、崩れかけたそれらを慌てて押さえようとして、ジームドンクが椅子から転げ落ちた。

「励んでいるな、ジームドンク」

床に散らばった本を拾ってやりながら、ジモングが声を掛ける。

「複数人の同時回復を、もっと効率よく出来ないかなと思って・・・魔具開発の進歩にも頼る部分はあるかもしれませんが、回復魔法の技術でまかなえる部分はもっとあると思うので・・・」

ジームドンクが、何度も頭を下げながら本を受け取り、述べる。

「そう、だな。これからは、自分自身の鍛錬を大切にしつつも、魔具とも上手く付き合っていくべきだな」

ジモングの言葉に、ジームドンクは笑う。

「マスター、世間はもうとっくに、魔具の開発や研究へ力を注いでいますよ。冒険者の武器も日々、改良が進んでいますし、材料を収集するための冒険譚自体の研究もちらほらと耳にします。もちろんジモングさんが仰るように、自分自身の能力が鍛えられていなければ、それを使いこなすことも出来ませんけどね」

ジームドンクの言葉を聞いて、ジモングは真剣に考えた。自分たちの調査にばかりかまけて、世間に目を向けなさ過ぎていた。図書室の奥、物置になっているスペースにジモングは目を向ける。さらに、その向こうは増築の余地がある。

「竜の筆にも研究室があったら・・・どうだろうか」

ジモングが呟くと、ジームドンクは目を輝かせた。

 ジモングがでんえんの暖簾をくぐると、ハクビの拗ねたような声が聞こえてきた。相手は、厨房に立つ大将だ。

「エレンドも、シンリュウも、いつまでたっても子どもなんだから!もうわたしたち、23でしょ?この間なんて、冒険譚の中でわたしに花を渡すかケーキを渡すかで大揉めしてて・・・」

「そりゃ、ハクビちゃんに何を渡すか、重大な問題だからな。で、どっちが勝ったんだ?」

大将がハクビをからかうように相手をする。

「ジームドンクが、花は持ち帰ったら現実世界の生態系を壊すかもって言って、ケーキを勧めたシンリュウの勝ち・・・って、そんなのどうでもいいの。結局、2人はわたしに何を渡すかよりも、戦う理由をみつけて喜んでいただけよ。そういうところが子どもなの」

大将が、ハクビの前にオムライスを出してやる。ハクビの顔が、ぱっと明るくなる。大将がジモングに気がつき、「あ、すいやせん、何にいたしましょう」と愛想よく笑う。ジモングが注文している間に、ハクビは勢いよくオムライスをかきこむと、ジモングへ振り向いた。

「マスター、わたし、先代の魔法に少し近づけました・・・たぶん」

立ち上がると、ハクビは目を閉じて両手を広げる。腹のあたりが青く杖の形に光る。今しがた空っぽにした皿を、ゆっくりと浮かせていく。底に、水の膜を張って持ち上げているようだ。

「おお、リアイさんの魔法そっくりだ」

そうジモングが言いかけると、ハクビはにやっと笑い、その瞬間、皿の底の水膜がカチコチと凍り付き、床まで氷の柱が伸びた。

「杖を出さなくても、氷に応用できるようになりました」

得意気なハクビの表情に、思わず拍手するジモング。「あとでちゃんと元通りにしておいてよ」と厨房から大将の声。

 食事を終えて街を歩いていると、最近見かけるようになった、魔具を原動力として動く車が道の真ん中で停まっているのが見えた。故障だろうか、途方に暮れた様子で貴婦人が立ち尽くし、運転手が必死で車を押している。ジモングは、木の紋章に触れ、手伝いに入ろうと歩み寄りかけた。その時。

「俺たちも、押しますよ!」

ルンポを筆頭に、竜の筆の若者たちだった。掛け声を揃えて車を押してゆき、往来を妨げない空き地へと運んだ。貴婦人に感謝をされて、ルンポが「ま、俺たち冒険者なんで!鍛えてるんで!」と調子よく答え、駄賃をもらうと大喜びでギルドへ駆けて行った。酒盛りをするつもりだろう。

 ジモングは、改めて竜の筆の面々を誇らしく思った。ドラグニが築き上げ、リアイが丁寧に育てたギルドを、自分もマスターとしてしっかりと受け継いでいかなければいけない。


 この年の終わり頃、エレンド、シンリュウ、ハクビ、ジームドンクが、Aランクの冒険譚を完結させた。大陸では冒険者の実力に応じて級分けを厳格にする方針が定められ、エレンドたちは実績を評価されA級冒険者となった。祝いの宴では、珍しく酒に酔ったハクビが、でんえんの大将と結婚をすると宣言し、翌日には本当に看板娘として働き始めた。エレンドとシンリュウはひどく落ち込み、何故かジームドンクもしょんぼりとしていた。それでも、ハクビは冒険者を辞めたわけではなく、4人での冒険は続いた。その後もエレンドたちは、何冊ものAランクの冒険譚に挑み、見事完結させていた。


 翌年、ドンカウル歴974年。ライオンタウンにて発生した、「とある大災害」により、街は甚大な被害を受けた。多くの怪我人が出るなか、でんえんの大将が死亡。ジモングも、片脚を失い、以降は自身の能力で根の義足を生やして生活することになった。一方、この大災害のなか、エレンドは息子を授かり、ザンデラと名付けた。冒険者を引退し、子育てに専念するというエレンドを、シンリュウが相当に手荒く止めようとしたが、エレンドの意思は固かった。この大災害をきっかけに、ハクビは大将の店であるでんえんを受け継いだ。また、ジームドンクは回復魔法の技術を買われて、町医者と回復魔法専門学校講師の依頼を同時に引き受けた。エレンド、シンリュウ、ハクビ、ジームドンクはS級冒険者という称号を与えられたが、4人の気持ちは晴れなかった。

 街が復興する一方で、竜の筆の勢いは衰えたように思えた。しかし。

 ギルドの面々が、ザンデラの子守りを代わるがわる担う。

 エレンドとシンリュウは、ジモングと水面下で行動していた。エレンドは1年前と全く違う、大きなものを背負う覚悟の籠った顔つきになっていた。

「冒険譚を、終わらせるために」

エレンドの決意が、ドラグニ、リアイ、ジモングの受け継いできた意思と重なった。シンリュウ、ハクビ、ジームドンクにも、ジモングはこれまでの調査結果を伝えた。

 ジモングは、やがてエピローグをどう迎えるかにおいて、梟の栞だけでなく他国とも意見の相違が生まれる可能性を考えた。大災害以降、ジモングは自らが前線に立って戦うことはもう不可能だと確信していた。

「本当は、もう終わらせておきたかったんだがな」

ジモングは、国内外のあらゆるギルドを訪問した。なかでも、マクル国で近年勢いのあるギルド「空の羅針盤」に、若くして将来はマスター確実と噂される男、カザフネと意気投合した。20歳程も離れてはいるが、カザフネは聡明で、ジモングの「国同士、ギルド同士が敵対することなく力を合わせること」という考えについて深く理解を示した。


 竜の筆、ギルド内の個室。

 ショウノジンが机に1冊の冒険譚を置いた。本の絵がいくつも描かれ、それが円環となっている。そしてその中央には大きく「4」と書かれていた。それを囲むように、ジモング、エレンド、シンリュウ、ジームドンクが立つ。

「これが・・・」

エレンドが、武者震いをする。エレンドの肩に手を置き、ジモングが述べる。

「これ自体は、そんなに大したものじゃない。今のところは、な。しかし、君たちに見せておかなければいけない。これからの主役は、君たちだからな」

ショウノジンが、冒険譚のページを開く。

「ハクビは・・・いいんだよね」

ジームドンクが、個室のドアを振り返る。今頃は、でんえんでフライパンを振るっている頃だろう。

「ああ」

エレンドが言葉少なに頷く。シンリュウが、大きく息を吐き出した。

「ハクビちゃんも、俺らと気持ちは同じだろうよ。一刻も早く、エピローグを迎えなきゃならねえ。さ、マスター、早く行こうぜ」

シンリュウの言葉に、ジモングも深く頷き、ショウノジンの開いたページに手をあてた。エレンド、シンリュウ、ジームドンクがそれに重ねる。

「行ってらっしゃいませ」

ショウノジンの声が個室に響く。次の瞬間、個室にはショウノジンだけが佇んでいた。


 

 ドンカウル歴990年。

 ジモングの墓。隣には彼の父の墓が並ぶ。墓前に供えられた、ジモングが愛用した木の紋章は、他の誰かが使おうと試みるも全く反応しなかった。晩年、ジモングは脚の古傷から発生した「呪い」と戦い抜いた。また、世の情勢のなかで梟の栞側に傾きかけた国軍や国立研究機関からの強い介入もあったが、ジモングは黙秘を続けて調査結果を守り抜いた。



 そして、現在。ドンカウル歴1002年の春。竜の筆。

「ハクビさん、絶対何か知ってるよね・・・プロローグとかエピローグ、メイン・ストーリーとかさ」

ユウヒが頬を膨らませて、広間の天井を見上げる。

「でもさ、やっぱりハクビさん、2代目のこと知ってたね。しかも、ハクビさんのお師匠さんだったなんて」

今度は目を輝かせながら、ユウヒが身を乗り出す。「ってことは、うちは孫弟子?」と楽しそうだ。

「僕は、ハクビさんの言ってた、『3代目にも随分世話になったけど、恩を仇で返しちまった』ってところに引っ掛かったな。なんだろう、仇って」

ライムが考え込むのを見て、ネガが「それなら、調べられるかもっす」と声を掛ける。

「どこまで詳しく書かれてるか分からないっすけど、上の図書室のどこかにギルド史があると思うっす」

「なるほど、じゃあ僕、探してみるよ」

ライムがそう返す横で、ジャンベが鑑定士室の方を眺める。

「ボクは、ショウノジンさんともっと話してみないといけないな、と思いました。メイン・ストーリーのこともそうですけど、もっと何か、大きなことが分かるかもしれないですし」

トラヒコは腕組みをして目を閉じていたが、ジャンベの言葉に目を開いた。

「そうだな。俺も、色々と思うことはある。お袋とまた会ってみるか・・・あんまり気は進まないけどな。あと、梟とかいう存在について、鍵となりそうなヒイラギっていう奴についても、いい加減シンさんをとっ捕まえて聞き出さないといけない」

トラヒコの言葉に、頷く一同。

 「おいら、来月から地元のキリンビレッジで病院実習があるっす。兄者のいるクジラシティは実習生を受け入れてないみたいっすし・・・。まあ、久しぶりの里帰りも兼ねて行ってくるっす」

そう言うと、ネガはポンポンから貰った靴をみつめた。

「うちも、やっぱり島に帰ってみようと思う。あ、長老に聞いといて欲しいこと、今のうちに募集しとくよ!」

ユウヒが手帳を取り出そうと、カバンをがさがさと漁る。

「僕は、ギルド史を調べてみたり、これまでの情報とかをまとめたりしておこうかな。ミロアさんの館にも、まだ緊張するけどお邪魔させてもらったり・・・あと、やっぱりどこかで父さんのことも調べないとって思うんだ。それで、ジャンベはメイン・ストーリーについて調べて・・・」

ライムの言葉に、トラヒコは真面目な顔で続けた。

「俺は、バイクの免許を取る」

一同、呆気に取られているのを見て、トラヒコは鼻で笑った。

「あくまでも、移動手段を増やすためだ。本当は車がいいんだろうが、まだ年齢からして無理だしな。当然だが、調べるべきことはしっかりと調べる。お前らも各々頑張れよ」

そう言い残し、トラヒコは席を立った。


 あらゆる思いを知らず知らずに受け継いで、今を生きる者たち。

 雲が流れて行ったのか、広間の窓から眩しく光が差し込んだ。

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