85.受け継がれたもの④
ドンカウル歴965年。
きっかけは些細なことであった。
15歳になった、エレンド、ハクビ、ジームドンク。竜の筆の広間にて、将来の夢を大人たちに語る。
「僕は、冒険譚から持ち帰った魔具を、医療に役立てたいな。今はまだない回復魔法の技術に繋がるかもしれない」
ジームドンクが、自信なさげな声色で言うと、周りの大人たちは「立派だ」と拍手する。ジームドンクは回復魔法の応用が上手く、街の病院から手伝いを頼まれる程だが、能力をひけらかすような性格ではなかった。
「わたしは・・・報酬で魔具を買って、街外れに持ち帰りたい。あと、魔法をいっぱい覚えて、子どもたちに教えてあげたい・・・かな」
ハクビの出身は、ライオンタウンの外れにある貧しい地域であった。ハクビは幼い頃、店先の洗濯魔具に触れて水が噴き出すような暴走をさせてしまい、人よりも魔力量が多いと大人たちは知っていた。街外れの大人たちは金を出し合い、ハクビに杖を買い与えて、竜の筆へと送り出したのだ。ここで埋もれてはいけない、と。
「ハクビちゃんは偉いなあ・・・」
ギルドの大人たちは、温かい目で頷く。また、ハクビに対しては大人たちだけでなく、同年代の若い冒険者たちも熱い視線を送る。ハクビの、あまりにも際立つ美貌のせいであった。
「オレは、出来るだけ沢山、出来るだけ難しい冒険譚を完結させて、名前を刻む!」
エレンドが高らかに宣言する。ここ数年、冒険譚から魔具を持ち出してくることだけでなく、冒険譚を完結させることも冒険者としての名誉とされるようになってきた。特に、ランクの高い冒険譚を完結させた冒険者は称えられる。
「ほう、出来るだけ難しいって、どれくらいだ?」
エレンドをからかう大人たち。エレンドはことあるごとに、訓練場で大人たちに突っかかって勝負を挑んでは返り討ちにあっている。
「そりゃ、1番難しい冒険譚に決まってる。そうだな・・・1番最初の冒険譚だって、オレがみつけて完結してやる!なあ、ジモングさん、1番最初の冒険譚って、まだ見つかってないんだよな?」
少年たちの抱負を、少し離れた椅子に座って聞いていたジモングに、エレンドが尋ねる。
「さあ、どうだろうな。1番最初の冒険譚が既に完結してしまっている可能性もある。どれが最初かなんて、分からないからな」
ジモングはそう答えながら、ふと、冒険譚の発生源について考える。
「いや、オレは絶対、まだ見つかってないと思うな。だって、最初の1冊だぜ?特別な見た目をしてそうだろ?オレが冒険譚を書いた人なら、絶対に金ぴかにして・・・」
大人たちが大笑いするなかで、エレンドはそれに言い返しながらも最初の1冊の装飾をどうするか真剣に考える。ハクビも大人たちにつられて微笑み、ジームドンクも苦笑する。
「そうか、エレンドは、冒険譚が誰かに書かれたものだと思うのか」
ジモングはそう口にしながら、これまで名前だけを知らされてきたノーツァルパントのことを思い浮かべる。この者が、冒険譚を作り出したと、ドラグニ、そしてリアイやジモングは信じて真相を追ってきた。
「多分。だって、冒険譚って本だろ?誰かが書いたんじゃないかなって思うじゃん。それで、最初の1冊を完結させたら、特別な冒険者になれる気がするんだ」
きっかけは些細なこと。しかしエレンドのその言葉に、ジモングは何か大きな歯車が動き出したような感じがした。
「エレンド、君は想像力が豊だな」
エレンドは訓練場に、ジームドンクは街の病院へ手伝いに、そしてハクビはギルド近くにある空き地へと向かった。リアイが、丸太に腰掛けて微睡んでいる。
「マスター、今日もよろしくお願いします」
リアイは、目を閉じたままだ。しかし、リアイの肩のあたり、空中に水の渦が発生し、それが徐々に拡がってゆく。そして中から水龍が顔を出し、リアイを軸としてとぐろを巻くように立ち昇った。リアイの腹部が青く輝いている。
ハクビは杖を具現化させ、構える。水龍がばっくりと巨大な口を開けてハクビに襲い掛かると、ハクビは自身の周りに水の膜を張る。水龍が、ハクビを覆った球体の水の塊を咥え、嚙み砕こうとする。それに、ハクビは必死で魔力を込めて抵抗する。
「深呼吸だ。まだ、乱れている。もう少し、もう少し、そうそう。そのままゆっくり魔力を身体全体に広げるんだ」
いつの間にか向こうで目を開いたリアイの声が、不思議と耳元で聞こえるようだ。
しばらくして、海が零れたような水音がした。しかし、空き地には1滴も水が残っておらず、リアイもハクビも濡れてはいなかった。
ギルドへと戻る、ハクビとリアイ。ハクビにはリアイの歳は分からなかったが、高齢であるだろうとは思っていた。しかし、歩く速度は15歳のハクビに全く遅れない。先程のような魔力のぶつかり合いでは、まだまだ敵わない。凄い人だな、とハクビはリアイのことを尊敬していた。
「ハクビ、金は貯まったかい?本当はわたしの方から、街外れの人たちに礼をしなけりゃいけないんだけどね。こんな才能をよこしてくれたんだから」
リアイの言葉に、赤面するハクビ。
「お前が稼いだ金を街外れに送るなら、お前自身が必要なものは、わたしに言いな」
ハクビは慌てて、首を横に振った。
「いけません。わたしのために、寮まで建ててもらって・・・ご飯だって、でんえんの大将が安く作ってくれるし・・・」
「じゃあ、あとは服だね。遠慮すんじゃないよ。寮はもともと、若い冒険者のために建てようと思ってたし、でんえんの方はあの若造が勝手にやってることだ、気にするんじゃない」
ギルドの隣、でんえんの暖簾をくぐると、甘辛いタレの良い匂いがする。フライパンを片手に、恰幅のいい大将がハクビの姿をみつけて、嬉しそうに微笑んだ。
「今日は、肉巻きだよ!」
ハクビの顔が真っ赤になる。先程の赤面とは、また違った様子である。リアイはそっと、その場を離れた。
「リアイさん、少し・・・」
ギルドの2階、廊下でジモングがリアイに声を掛ける。リアイが、自身の仕事部屋を振り返ると、扉に刻まれた2匹の竜が筆の交差をさっと解いた。
既に、ショウノジンが館からやって来ていた。リアイが部屋へ入ってくるとすぐに立ち上がり、リアイとジモングが椅子に腰掛けるのを待って自分も座りなおした。3人が真剣な顔で、語り合う。
「というわけで、冒険譚・・・異譚の発生源は聖地アーケにあるのだろうと仮説を立て、これまでも調査を進めてきたが、そこは大きく誤ってはいないと思う。梟の集団が、君の両親、特にお父上を狙ったのも、聖地アーケに入るためだった。発生源を我々のような者たちより早く押さえることが目的だった可能性が高い。もしもそれが、異譚のように持ち運び出来るものであれば、あの者たちのアジトへ移動させるつもりだったかもしれない。聖地アーケに入る方法・・・あのウボンレイ族は『自分はもう入れない』というようなことを言っていた。そうすると、君のお父上、もしくは君を鍵として使う手筈だったのだろう」
ジモングの言葉に、ショウノジンは目を閉じる。そして、口を開いた。
「そして、聖地アーケへの入り方を、私は父から正確には教わらなかった。物心がついた頃、周囲の大人が聖地アーケについて話しているのを聞いて、父の故郷へはどうやって行くのかを聞いた時・・・『聖地アーケの民と仲良くできる人だけが行ける』と聞きました」
これまで、何度も何度も、繰り返し整理してきたことである。
「そう、仲良く。その言い方を都合よく解釈すると、聖地アーケの民でなくとも条件を満たせば辿り着くことが出来る。しかし、その条件を満たさなければ、たとえウボンレイ族であったとしても、聖地アーケに立ち入ることが出来なくなる。この30年間、梟の集団が表立って行動していないのは、聖地アーケに辿り着く術がないからだと思っていた。しかし、この30年で現実世界の想像力はますます低下し、人々の生活は異譚から持ち出された魔具にどんどん依存している。これは、梟の集団の思惑通りではないか。あちらも、我々より先に異譚の発生源を押さえようとしているだろうが、むしろ焦るべきなのは我々の方だろう。そして・・・」
ジモングが言葉を切り、先程リアイが淹れてくれた茶を飲み干す。
「発生源そのものが、異譚であるなら。その異譚を完結させるという方法で、全てを終わらせることが出来るかもしれない」
沈黙。そして。
「聖地アーケへの入口は、あの遺跡・・・ジモング、お前と初めて会った辺りで間違いないだろう。裏切り者のウボンレイ族が、あの時うっかり零したんだ、『ここ、ボクの故郷の近くなんです』ってね。確かに、あのウボンレイ族と出会ったのもあの辺りだった」
リアイの言葉。
「それで、ここ10年以上、あの付近の調査を続けたが、いっこうに入口が見つからない。梟の奴らもどこかで様子を伺っているんだろう。さっきジモングが言ったように、あいつらが今まで水面下で静かにしていたのは、異譚が世界に広がって、善悪に関わらず人々にとってなくてはならないものになるのを待っていたんだろう。こうして生活に溶け込んだ今、そろそろ動き出してもおかしくはない。あいつらの動きを、逆にこっちが利用してやるっていう手もあるんじゃないかい?」
ジモングとショウノジンが頷く。
「それでは、そろそろ館に戻ります。妻がまた体調を崩していて・・・それに、娘がそろそろ寂しがるでしょうから」
ショウノジンが立ち上がる。
「シイラと、アンメによろしく伝えておくれ」
リアイと、ジモングも立ち上がり、ショウノジンを見送った。
ドンカウル歴968年。
ジモングが、昨年亡くなった父の墓参りからギルドへ戻ると同時に、賑やかな青年ルンポがギルドへ駆け込んできた。
「みんな!!外国からやって来たっていう旅人が、街の宿屋に来てるぜ!!俺たちと同じくらいの年頃だ、男が2人!!」
しばらくして、ルンポの言っていた旅人のうち1人が、竜の筆へ加入した。黒髪に好戦的な鋭い眼光で、シンリュウと名乗った。「魔物を倒すってことは、合法的に大暴れ出来るってことだ」と豪語する。どうやら、ギルドへと引き込んだのはエレンドらしい。そのくせ、2人はしょっちゅう喧嘩をしては、訓練場で派手に組手を行っていた。
18歳のエレンド、シンリュウ、ハクビ、ジームドンクは、竜の筆でも随一のパーティーとなった。数々の冒険譚を完結させ、珍しい魔具を発見して持ち帰り、外へ出現した魔物も討伐し、高ランクの冒険譚を拾ってきた。
時を同じくして、リアイ、ジモング、ショウノジンは聖地アーケの入口を探す中で、ついにその地へ辿り着くことになるのであった。




