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83.受け継がれたもの②

 ドンカウル歴935年。

 竜の筆の野営地。リーダーのドラグニ率いる竜の筆の面々は、この野営地を拠点としつつ各地に散っては異譚の調査を行っている。その合間に街や村に立ち寄っては休息をとったり、物資を調達したりしていた。

 15歳になったジモングも、リアイについて調査へ出かけることが増えた。リアイが持ち帰った異譚へは何度も入り、もう例の巨大猪を1人で倒すことが出来るようになった。リアイに日々厳しく鍛えられ、ジモングは並みの大人よりも遥かに強くなった。そんなジモングでも、リアイと調査で赴いた先に現れた魔物に、全く歯が立たないこともあった。リアイはどんな魔物が相手でも表情1つ変えず退治してしまう。ジモングの、リアイに対する尊敬の念は薄れることがなかった。

「何言ってんだ、わたしはもう50歳になる。そろそろ引退を考えるような時期だ。これからを背負って立つのはジモング、お前みたいな若造だ」

リアイにそう言われても、ジモングはリアイを超える想像が出来なかった。


 リアイは、ジモングを集落から連れて行く時にした約束を律儀に守っていた。毎年、調査の合間にジモングを森の集落へと連れて帰り、父親や集落の大人たち、そして同年代の子どもたちに、成長を見せてやった。

「今年も、そんな時期か。5回目の里帰りだ。そろそろ皆が喜ぶような土産でも持ち帰ってやったらどうだ」

リアイにそう言われ、ジモングは悩んだ。そして、あの異譚から、遠く離れた人と会話が出来る壺を2つ持ち帰ってきた。1つの壺の中に向かって話しかけると、もう片方の壺からその声が聞こえるのだ。しかし、リアイは複雑そうな顔をしていた。

「そうだな。確かに、異譚から持ち出した道具は便利だ。しかし・・・そういうものがあると分かれば、人は『遠くの人とどうやって話そうか』という想像をしなくなるだろう。難しいものだな」

結局、ジモングはその壺を異譚の中に返した。その日のうちに、リアイが異譚の中に1人で入っていき、リアイが出てきた時にはもうその異譚へは入ることが出来なくなっていた。

「リアイさん、これは・・・?」

「物語が終わったのさ。この異譚はもう、完結だ」


 結局、土産は持たないまま、今年も集落へ里帰りすることになった。もう1人で集落まで帰ることが出来るとジモングは申し出たが、リアイは頑なに同行すると言って聞かなかった。

「でも、いつまでもリアイさんについて来てもらったら、僕、恥ずかしいですよ」

ジモングがそう言うと、リアイは淡々と答えた。

「指導者として、保護者にご挨拶もしなくてはいけないからな。しかし・・・うん。来年からは、お前に任せてもいいかもしれない」

「任せる?」

ジモングは訝しんだが、リアイは知らん顔であった。

 ジモングとリアイが竜の筆の野営地を離れ、集落のある森へ向かう日の朝。先にテントの外で待っていたジモングは、リアイに声を掛けられて振り向くと、思わず「えっ」と声を出してしまった。

「リ、リーダー!?」

リアイの隣には、旅の支度を整えたドラグニの姿があった。70歳を過ぎようという年齢でありながら、筋肉もしっかりとしていて、紅の髪も燃え上がるように未だ逆立っている。

「今回は、儂も連れて行ってくれ。ジモングの故郷を1度、見ておきたくてな」

ぎょろっとした目でジモングを見つめたまま、口元は綻んでいる。

 ジモングがリーダーの意思に逆らうなど出来ず、ドラグニも里帰りに同行することになった。はじめのうちは、ドラグニの体調に配慮しながら進もうなどと思っていたジモングであったが、すぐに考えを改めた。疲れを知らない軽々とした身のこなしで、いつの間にかジモングの方がなんとかついて行くような形となった。

 

 集落につくと、例年通り皆がジモングを迎えてくれた。

「父さん!」

相変わらず泣きそうな顔で駆けてきては、ジモングを抱きしめる。

「また大きくなったな。リアイさん、いつもありがとうございます。こちらは・・・」

リアイが、一礼をするドラグニを紹介する。

「わたしの父です。是非、ジモングの故郷を見てみたいと聞かなくて」

 ジモングが、同年代の者たちの輪に入り、近況を報告し合っている間に、ドラグニは集落を見渡した。そして、ジモングに駆け寄っていく幼い子どもに目を留める。

「あの子が・・・」

「はい。ショウノジン、ウボンレイ族の血を引く子どもです」

リアイが頷き、続ける。

「来年からは、ジモングに託してもよいでしょうか」

そう言いながら、リアイはふと、何かの気配を感じた。ドラグニも同様である。

「あるいは、今日、ご両親に話しをするべきかもしれんな。どちらにおられるだろうか・・・」

ドラグニが周囲を注意深く観察する。

 一方、同年代の仲間たちと賑やかに話しながら歩くジモングも、異変を感じた。ジモングの場合、気配ではなく、実物を目にしていた。

「なんだ・・・?」

木々の間から一瞬だけ見えた、妙な人影。男か、女かも分からない。黒い服を纏い、顔には鳥・・・梟のような面をしていた。

「今・・・」

そう言いかけたジモングの手を、ショウノジンが「ジモングにいちゃん、こっちにとーたん、かーたん、行ったよ」と引く。ショウノジンは昨年里帰りしたジモングのことを朧気にしか覚えていなかったが、周りの人々の反応で信用できる者だとは感じているらしい。そしてそんなジモングを、両親に会わせようと張り切っている。

「とーたんはね、聖地アーケの民でね、かっこいいんだ!かーたんのご飯はね、美味しいんだよ!」

無邪気に笑い、ショウノジンは先程、梟の面の人物が立っていた辺りへ進んでいく。ふと、ジモングは嫌な予感を覚えた。草むらの中からちらっと人の手のようなものが見えた瞬間、咄嗟にジモングはショウノジンの前に立ち、そっとその目を覆った。

「お前たち、ショウノジンを連れて集落へ戻れ」

ジモングがそう言い終わらないうちに、草むらの中から何本も光線が放たれた。仲間の身体を貫きそうになる直前、ジモングが地面から太い根を突き出してそれを防ごうとした。しかし光線は根を貫通し、根の陰から血しぶきがあがった。ジモングには根の向こう側を確認する勇気が出ない。目を覆われたショウノジンが、嫌がって顔を背けようとするが、ジモングはショウノジンを抱きかかえるようにした。

 その時、集落の方から、沢山の悲鳴が上がった。


 ジモングの目の前に、梟の面をした人物が数人、姿を現す。そしてその足元に倒れているのがショウノジンの両親であるだろうと、ジモングはなんとなく感じていた。

 梟の面をした者たちは皆、手に黄色に輝く石を持っている。先程の光線と同じ色だ。

 ジモングは、前方に大量の根を走らせながら、自分とショウノジンの足元からはとぐろを巻いた太い根を生やし、周囲の木々の樹冠よりも上へと逃れた。下では光線が乱射され、それを蛇のような動きで根が躱し梟の面の者たちを襲う。ジモングは、今や異変を感じてか恐ろしさで震え始めたショウノジンを強く抱きしめながら集落の方を振り返った。水と炎の魔法が、やはり数多の光線を迎え撃っている。

「集落を庇っているから、全力が出せない・・・?」

ジモングがそう呟いている間に、地上から光線が撃ちあげられた。ジモングは自分たちを持ち上げている太い根を解き、ショウノジンを抱いたまま落下する。木々の枝を激しく折りながら、地面に叩きつけられる前に根を編み、ジモングとショウノジンはそれに受け止められて衝撃が和らいだ。

 それでもまだ、梟の面の者たちは攻撃を止めない。光線が襲い掛かる。そこに、リアイの水龍がうねるように現れて、光線を呑み込み、その勢いで梟の面の者たちをも丸呑みするようにして弾き飛ばした。

「すまん、遅れた。よく耐えたな」

リアイが押し寄せる波の上に立ち、現れた。

「でも、仲間が・・・集落の方は・・・!?手加減はいりません、家なんてぶっ壊していいから、命を・・・!」

ジモングの悲痛な叫びに、リアイは頷く。

「ああ。こっちはわたしに任せろ。その坊やを置いていけ、お前は父上の援護を頼む」

ジモングが、抱きしめていたショウノジンを地面におろし駆け出そうとすると、ショウノジンが必死でジモングの脚にしがみついた。

「ショウノジン、僕はみんなを守らないと!」

「とーたんは?かーたんは?」

ショウノジンの顔を、まともに見ることが出来ない。そこに。

 「君の両親は、死にました」


 梟の面の者たちに囲まれて、痩せた青白い顔の男が現れた。目が不自然に大きい。髪はぼうぼうと伸び放題で、鼻がくちばしのような形をしている。梟の面をしていないのに、顔そのものが梟のようだ。

 すかさず、リアイが濁流でその者たちを押し潰そうとする。しかし、1人が土色の布のようなものを取り出すと、瞬く間に水が吸われていくように消えた。

 さらに、青白い顔の男の陰から、聖地アーケの民が1人現れた。ジモングは、その顔に見覚えがあった。

「あの時の・・・」

リアイと出会った時、一緒にいた男である。

「お前、同郷の者を裏切ったのか」

リアイは、努めて淡々としているようだ。

「違いますよ、ボクは・・・あの御方のお創りになった世界を、あの御方のご意思を、大切にしたいだけ」

「あの、御方・・・?」

 背後で、爆音が響いた。まるで、地上で火山が噴火したような勢いで炎が燃えている。集落の方だ。

「あ、あ・・・み、みんなは・・・」

「父上のことだ、集落の住人は避難させた後だろう」

リアイの言葉に応えるように、その炎が押し固められるように纏まってゆく。そしてその炎が、ゆっくりとこちらへやって来る。ジモングは気がつくと、滝のような汗をかいていた。暑い・・・熱い。

 ドラグニが、身の丈程の大きさの筆を持って、現れた。筆の先には先程の莫大な勢いで燃えた炎が宿っているようだ。

「お前たちは、ノーツァルパントの手下か?」

青白い顔の男が、ふふっと笑う。

「いいえ。我々などがそんな、畏れ多いことです。我々があの御方を、勝手ながら崇め奉っているだけのこと」

「そうか。残念だ、ノーツァルパントに直談判するのが1番手っ取り早いと思ったのだが。それで、何故あの子の両親を殺した?」

ドラグニの問いに、今度は聖地アーケの民が答える。

「父親の方は、聖地アーケへと至るための協力を、断ったからです。ボクはもう、あそこへは入れませんから。母親の方は、父親について来たからです。一緒にいなければ殺しませんでした」

「そうか。色々と聞きたいことはあったが、あとは想像しよう。それじゃあ、さらばだ」

そう言うと、ドラグニは筆で宙に文字を書き始めた。

「豪炎竜」

先程の噴火が、まさに目の前で起きたかのようだった。咄嗟にジモングはショウノジンを抱き上げて飛び退く。そこに、リアイの水が2人を包み込んだ。ジモングは呼吸が出来ることを不思議に思ったが、ショウノジンがそっと手を伸ばすと、水に触れる。2人は、果実の種のような要領で水に包まれているようだ。

 その水の中から、向こう側が透けて見える。燃え盛る巨大な竜が、梟の面の者たちを蹴散らし、喰らいつき、薙ぎ払い、咆哮が灼熱の火炎となって放射される。それなのに、森の木々たちは燃えていない。

 ジモングたちが水の果実から解放された時には、炎の竜は消え去り、梟の面の者たちの姿もなかった。



 それから数日後、ジモングはショウノジンの手を握り、ドラグニとリアイに連れられてとある街へとやって来た。集落はもう生活が出来るような状態でなかった。それでも、犠牲者はほとんど出なかった。集落の生存者たちは、ドラグニとリアイの働きかけで、この街へと移住した。脚を怪我したジモングの父も、他の生存者と一緒であった。

 ジモングと一緒にいた同世代の仲間たちは皆、即死であった。ショウノジンの両親と共に、集落の人々によって丁寧に弔われた。ジモングは自らの弱さを身震いする程に憎んだ。仲間たちの親はジモングの肩を抱き、お前のせいじゃないと慰めたが、ジモングの自責の念は拭えなかった。

 街に入ってからも、ジモングはどこを歩いているのかも意識しないまま、ただショウノジンの手の温もりを感じつつ、ドラグニとリアイの背中を追うだけであった。しかし、目的地はどうしようもなくはっきりと、目に飛び込んできた。まるで城のような、大きな館であった。

 

 館に入ると、使用人たちが次々にやって来ては、ドラグニとリアイを歓迎した。

「久しぶりの帰宅だな」

リアイが呟き、ジモングは驚いた。

「ここ、リアイさんの・・・?」

リアイは、憔悴していたジモングをそっとしていたのだが、ジモングの問いに少し安心したように微笑んだ。

「ああ。わたしの、母方の実家だ。わたしと、双子の妹のイアラはここで育った」

リアイが、普段は隠れて見えなかった首飾りを外して、ジモングに見せてくれた。ペンダントには、リアイとよく似た女性の肖像画が描かれている。

「妹は若くして死んだ。母方の家系は特殊な能力を持っていてな、わたしは父上のように戦闘向きの能力を受け継いだおかげでこうして生きているが、妹は母方の能力を受け継いだ。そっちの能力は、どうも早死にしてしまうらしい」

ジモングとショウノジンが、リアイの言葉にじっと聞き入る。

「異譚の中の道具には、ある瞬間を鮮明に残したり、後からそれを眺めたりできるものがあるそうだ。そう考えると、それはそれで素晴らしいことかもしれないな。しかし・・・そういうものがあったとしても、思い出というものは心の中に残っている。形として存在しているわけではないが、目の奥で無限に広がるものだ。大切に、したいものだな」

リアイが言い終えると、ショウノジンが堪えきれないように嗚咽し、ジモングも流れる涙を止めることが出来なかった。


 館には、シイラという少女がいた。リアイの双子の妹、イアラの孫にあたる。シイラは、ショウノジンと同い年であった。ぽつんと寂しさを押し殺すようにして立ち尽くしていたショウノジンの手を引いて、シイラは庭の花畑へ連れて行った。シイラが花の冠をショウノジンの頭にのせると、ショウノジンの口元が少し綻んだ。


 この年の冬、ドラグニとリアイは野営地をたたみ、この街を竜の筆の本拠地とすることにした。また、組織の形態をギルドとし、外部からの入会も受け入れることにした。組織をより強固にするための方針であった。ドラグニも自身の肩書をリーダーから、ギルドマスターへと改めた。ジモングもまた、竜の筆の戦力として、更に強くなることを誓った。

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