80.昔馴染み
早朝から訓練場では、ライムとリキが熱い稽古を繰り広げていた。体術において、ライムが思い切りぶつかっていくことが出来る相手は、ギルド内でも数少ない。ライムが知るなかでは、体術においてリキの右に出る者はいないので、ライムは隙あらばリキに稽古をつけて欲しいと願い出るのである。
互いに武器を具現化していない、素手での稽古であるが、周囲を寄せ付けない迫力がある。ライムの戦法としては拳で打撃、下半身は足捌きで間合いを取ったり躱したり懐に潜り込んだり、といった具合である。リキの戦法も打撃は張り手、下半身はどっしりと構えながら移動は摺り足で素早くと、どちらも攻防の型が似ている。そういったところも、ライムがリキを手本としている所以である。
「よし!最後にアレを放ってみろ!」
リキが、自身の横っ腹を威勢よくパンっと叩き腰を落とすと、大きな平手を前に突き出した。
「はい!!」
ライムは、切らした息を整えると、勢いよくリキの懐へ入り、勁弾の構えを取った。
爆発音のような、衝撃。
訓練場に砂埃が舞い、周囲が一斉に飛び退く。砂埃がおさまった時、リキは黄土色の廻しを締めた格好であった。平手を前に突き出した姿勢は変わらず、ライムの拳をその平手で受け止めている。
「うむ!見事!」
リキが褒めるのを聞き、力尽きたライムは訓練場の地面に転がった。
「ありがとうご・・・ざいました・・・」
訓練場のベンチには、ジャンベとミツカが並んで座っていた。
「ライムくん、強くなったわね」
微笑みながら、ヌメヌメとした葉と特製ジュースを出すと、ミツカはライムを抱え上げたリキの元へ向かう。ジャンベは、ライムとリキの関係を見ながら、トラヒコとカエデの関係を連想した。
「もう、武器を具現化せずに受け止めることは出来なくなってきた。明らかに強くなっている!」
やっと自分の足で歩けるようになったライムに、リキが声をかける。ミツカの後ろから駆け寄ってきたジャンベにも、リキは分かるよう付け加えた。
「体術系の戦法では、鍛錬を積むと武器を具現化しないまま、能力を身体に巡らせて技を放てるようになる。威力は落ちるが、咄嗟に攻撃が必要な時には便利だ。ライムの目指す、本当の意味での『武器を使わずに技を放つ』とは違うかもしれないがな」
ジャンベは、はっとする。
「そういえば、ボクたちがオロチ山で助けていただいた時、リキさんは武器を具現化せずに鬼を投げ飛ばしてました!」
ジャンベの言葉に、「うむ!」と得意気に横っ腹を叩くと、廻し姿から一転、衣服を身に纏った姿となった。
「具現化せずとも、廻しを締めている想像をするのだ。ライムの場合は、籠手を嵌めている想像。体術系の戦法は、戦いの中でそういった想像をしやすい。しかし、ライム、君が目指すのは・・・」
ライムがヌメヌメの葉で手を癒しながら、立ち上がり、改めてリキに礼をする。
「僕は、その先を想像します。異端渡りの言葉で、世界が想像力に満ちていた時代には、武器がなくとも能力を使うことが出来たと分かりました。素手で勁弾を放てた時・・・なんとなくですけど、父に近づけるような気がするんです。それに、これはもっとなんとなくですが、世界の想像力がもとに戻るきっかけになったりして、とか・・・変なことを言ってすみません」
後半、ライムは自分でも何を言っているのか分からなくなり、照れて頭を掻いた。
「ううん、おかしくないわ。もしも本当に、武器に頼らずに能力が使えたとしたら、それが可能だと大勢の人が知れば、自分もと想像するはずよ。そうすればライムくんの言うように、この世界に想像力が再び満ちるきっかけ、蛇口をひねることに繋がると思うわ」
ミツカの言葉に、ライムは深く頷いた。
この後、モッチと会う約束があるというミツカと別れてギルドを出ると、リキはライムとジャンベに「腹が空いていないか?」と尋ねた。
「もちろん、お腹ぺこぺこです・・・!」
ライムが食い気味に返事をすると、ジャンベも目を輝かせて激しく頷く。
「そうだろう。では、俺の行きつけの肉麺屋に行かないか?」
大喜びで2人はリキについて行く。ライオンタウンの大通りからは少し外れ、いつもとは違う道ではあるがギルドの寮へ向かう方面へ歩くと、「麺処 昔馴染み」という暖簾が見えてきた。暖簾をくぐり、リキに続いて店に入ると、頭に手ぬぐいを巻いた綺麗な顔立ちの男が麺の湯切りをしていた。
「ああ、リキ。いらっしゃい。そちらは、ギルドの?」
「その通り!期待の若手・・・もう、そんな呼び方は相応しくないな。うちの大事な戦力だ」
リキの言葉に照れるライムとジャンベ。
「そりゃ凄い。いっぱい食べて行ってくれよ」
カウンターに3人並んで座ると、リキが厨房に立つ男について教えてくれた。
「あいつは昔、竜の筆にいたんだ。俺たちのパーティーのメンバーだった。名前は、ワタラ」
ライムとジャンベが前のめりになって厨房に目を向けると、ワタラは優しく微笑んで返した。
「怪我で引退したんだ。それに、僕はC級が限界だったからね。リキやミツカ、モッチたちともっと冒険を続けたかったけど、いつか僕が足手纏いになる日がきていたよ。そうなる前に引退できて、よかった」
リキはそれを、複雑そうな顔で聞いていた。目の前に湯気が立ち昇る肉麺の丼が運ばれてきて、箸を手にすると、「いや、お前はまだまだ、やれたと思うがな」と呟き、勢いよく麺を啜った。
ライムとジャンベの前にも丼が運ばれてくる。分厚いのにほろほろと柔らかい肉。盛られた野菜。太く弾力のある麺。飲めばスタミナが漲るようなスープ。夢中で啜り、かき込む。丼の中が空っぽになってからもまだ、微かに湯気が立ち昇っていた。
「そういえば、今はリキさんとミツカさんがペアのような形で動いていますよね。モッチさんはほとんどが研究室でしょうし・・・」
ライムが、麺を茹でるワタラへちらっと視線を送り、リキに向ける。
「そうだな。ワタラがいれば、もう少し冒険の幅も広がっていただろう。しかし、ワタラが怪我をした原因の1つは、俺やミツカの未熟さだ。軽々しく戻ってきてほしいとは、言えんな」
リキが呟く。それが聞こえていたかのように厨房からワタラの声がした。
「今は、竜の筆のB級はどうなんだ?お前たちのパーティーに入れそうな奴はいないのか?」
「そうだな・・・。B級、いるにはいるが、ザンデラの側へ流れた。信頼できる者となると・・・」
ワタラが調理の手を止め、天井を見つめて何かを思い出そうとする。そして。
「ああ、あの2人か。昔から、ザンデラの取り巻きだったよな」
しばしの沈黙。店の引き戸を開ける音がして、客が数人入ってきた。ワタラがそちらに対応している間に、リキが席を立つ。ライムとジャンベもそれに続いた。
「今度はミツカも連れてくる。あいつ、あんな雰囲気を醸し出しておきながら、意外とこういうガッツリした飯が好きだからな」
リキの言葉に、ワタラが笑い出す。
「ミツカ、ブジンカの弓使いとはどうなった?」
ワタラがニヤッと笑いながらリキに尋ねると、リキもニヤッと笑い返した。
「かたつむりの歩みだな」
店を出て、寮へ向かって歩く。
「すまんな、昔の話に付き合わせてしまって」
リキがライムとジャンベに手を合わせる。
「いえ、そんなことないです。リキさん、凄く楽しそうでしたし、僕も色々とお話しを聞けてよかったです」
ライムの言葉に、ジャンベも「初めて見るリキさんの表情でした」とにっこり笑った。
「冒険者としても、ライバルとしても、奴とは長く一緒にいたからな。今でもこうして、友人という関係で続いている。いい奴だったろう?」
リキがそう言うと、ライムもジャンベも頷いた。
「冒険者は危険が多い仕事だ。だから、強くなるために鍛える。仲間を守ることが出来るように鍛える。そして冒険者ではない者、冒険者ではなくなった者たちを守るためにもな。それに終わりはない」
リキの言葉に、ライムはふと思い出した。
「ワタラさんも、冒険者ではなくなったかもしれないけど、守ろうとしている・・・?」
ワタラの店でリキが支払いをしている時、何気なくライムが壁に目をやると、あるものに目が留まった。Y字型で棒状のものに、幅の広いゴム紐が張られていて、壁へ打たれた釘に引っ掛けられている。直感でライムはこれが武器であると分かった。ライムの視線に気づいたワタラが小さな声で、「まあ、自分の店と・・・周りの人くらいは、ね」と呟いた。
リキはライムの言葉を聞くと嬉しそうな表情になり、「うむ!」と頷いた。ライムやジャンベの寮の前までリキは送ってくれ、「是非、トラヒコやネガ、ユウヒも誘って顔を出してやってくれ」と言うと、嬉しそうな表情のまま拳を掲げてみせ、去って行った。
肉麺のおかげで温まっていた身体を、再び冷やし始める程に冷たい風が吹いた。ライムとジャンベは顔を見合わせると、大急ぎで寮に駆け込んだ。




