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79.未知の収穫

 マスターの声掛けで、広間からマスターの部屋へ移動することになった。しかし、階段はまだ修復されていない。崩れていない箇所をのぼって上階へ行くことは不可能ではなさそうだが、マスターがそんな提案をするだろうかとライムがきょろきょろとしていると、モッチが桃色のペンを取り出した。モッチはマスターやライムたち、リキやミツカの周りを歩きながら、ペンで宙に線を引き一同を囲むようにした。モッチもその線の内側に入り、カチッとノックボタンを押すと、囲まれた箇所が灰色に光り出し、次の瞬間にはマスターの部屋の前であった。

「モッチさん、凄い」

ユウヒが感動しきっている。ライムも初めての瞬間移動に、後から興奮がやってきた。思わず、手すりから広間を覗き込み、一瞬で上階へ移動したのだということを確かめてしまう。ルンポが下から、そんなライムに手を振って「早く報告済ませて戻って来いよ!」と、でんえんをチラチラと見ながら声を掛けた。苦笑し軽く手を振り返すと、ライムはマスターの部屋へと向き直る。

 マスターの部屋の扉に刻まれた絵、筆を持っている竜は、確かにライムたちの知る竜の姿であった。マスターが扉に近づくと、2匹の竜はさっと筆の交差を解き、心なしか急いで扉が開いた。

「皆さん!!」

扉が開くと同時に、ジャンベが部屋から飛び出してくる。ジャンベの笑顔にほっとして、ライムも自然と笑顔になった。

「ただいま、ジャンベ」

ジャンベは「おかえりなさい、皆さん」とますます笑顔になり、ユウヒが掲げた手とハイタッチした。


 マスターを囲むようにして、ライムたち4人とジャンベ、リキ、モッチが立つ。ミツカが広間から持ってきたグラスを机に置き、指をしなやかに動かすと、宙からいくつもの果物や草花が出てきては、ひとりでに絞られてグラスに注がれる。そうして出来上がった特製ジュースを、ミツカはライムたちに配った。今回は魔力の消耗がなかったはずなのに、グラスに口をつけた途端、土が水を吸うように一気に飲み干してしまった。

「なんでだろ、うち、そんなに疲れてたのかな」

ユウヒが首を傾げると、ミツカが微笑んで返す。

「疲れるっていうのは、体力や魔力の消耗だけでなるものではないのよ。未知の状況に遭遇した時、人は自覚できないくらい、多くの力を使っているの」

ライムが「未知の・・・」と呟き、ネガが「まさに、そうっすね・・・」と頷く。トラヒコも、既に空になったグラスから口を離さないまま、同意するように目を瞑る。

「その、未知の収穫について、尋ねてもよいかな」

マスターが静かに口を開いた。ジャンベも、ライムたちをじっと見つめる。


 ライムたちは、冒険譚の中で起きた出来事を報告した。羊鳥竜、カルノアリエスが強い者から逃げ出す習性を持っていたこと。その正体を探っていたがやはり冒険譚の本筋とは関係のない、「異譚渡り」という存在が原因であったこと。異譚渡りはあまりにも強大であり、こちらに敵意はなかったが、人間が戦ってどうにかなるような相手ではなさそうだったこと。そして異譚渡りの話した内容。

 ライムとネガが交互に話し、ユウヒが感想を挟み、トラヒコが補足して報告を終えると、一同はしばし沈黙した。そして。

「ノーツァルパント」

マスターが、窓の外、遠くを見つめるようにして呟いた。

「冒険譚は、プロローグが生み出している。でも、メイン・ストーリーとエピローグは、違う。冒険譚そのものの存在理由・・・少女のため・・・現実世界の想像力・・・水と色水・・・」

モッチは自身の脳内と対話しているようだ。その様子をみて、ライムはモッチから受け取った、レモンの論文を思い浮かべた。モッチの脳内を駆け巡る膨大な情報の中に、きっとあの論文の内容も含まれているだろう。

「ということは、強い者が、それから逃げる習性のある魔物を脅かして、冒険譚から追い出すことも出来るわけだな」

リキが、パンっと手を叩き、モッチとミツカの顔を交互に見る。

「そうなるかしらね。ただし、追い出す者よりも強い冒険者が外にいなければ、という条件付きでしょうけれど」

ミツカはそう言うと、ライムたちに視線を向けた。

「その、異譚渡りは、人知を超えた存在であったのでしょう?あの魔物たちがギルドの中に出現したのは、あなたたちがギルドを出た直後。つまりC級冒険者が外にいる段階ではまだ冒険譚の中の方が居心地良かったのよね。でも・・・さっきのお話だと異譚渡りは、S級冒険者でも太刀打ち出来るかどうか、と感じたけれど」

トラヒコが、ミツカに答える。

「あいつは、ほんの少し『睨んだ』と言っていた。それも、なるべく冒険譚の中の世界へ干渉しないように」

それを聞き、ミツカは「なるほど、そうなのね」と頷いた。

「もしも、例えばS級冒険者が冒険譚の中で魔物を脅したら、意図的に外へ魔物を追い出すことが出来るかもっすね。目的は、分からないっすけど」

ネガの言葉に、ユウヒが「あ、あれもかな」と思い出す。

「前にコルアールへ行った時、魔ダチョウの群れが出てきてたでしょ?あれも、わざと冒険譚から追い出されてたのかなって」

ライムも、ネガも、頷く。トラヒコも否定しない。

「以前から、魔物が迷い出てくることはあった。でも、ここ最近の頻度は異常だった」

モッチの言葉を聞き、「オロチ山の時の鬼は、迷い出てきたっていうことかな」とライムが呟く。ライムたちが冒険譚に入ってから、鬼たちが何かを怖がる様子はなかった。そもそも、ライムたち4人が冒険譚へ入ることが出来たのだから、中に冒険者はいなかったのだろう。ギルド内で保管されていたのだから、もしもライムたちが拾って以降にあの冒険譚から誰か出てくれば、すぐに見つかるだろう。

「目的、わたしも分からない。でも仮説はいくつか立てられる」

 モッチはそう言うと、また自身の脳内との対話に戻った。再び沈黙が訪れる。

 

 「ジャンベ。君は、ノーツァルパントの名前を聞いたことがあるかい?ウボンレイ族の言い伝えでもいい、何か知っていることがあれば教えてくれないか」

ずっと窓の外をみつめていたマスターが、ジャンベに向き直り、問いかける。マスターの目は、ジャンベの目をまっすぐに見つめている。ジャンベもその視線に応えるように、マスターをまっすぐに見つめ返した。

「ボク、ノーツァルパントという人の名前は知りませんでした。でも・・・関係あるか分からないですけど、聖地アーケに小さな石碑があって、小さいけどなんとなくみんなが大事にしている石碑なんですけど、そこにこう書いてあるんです。『はじまりは少女の希望。あの方は少女の希望を叶えた。そうして我々は生まれた』って」

マスターは、やはりジャンベの目をまっすぐに見つめていたが、やがて優しく笑いかけた。

「そうか。教えてくれて、ありがとう」

ほっとしたように笑うジャンベ。

「冒険譚に選ばれた一族・・・か」

リキの言葉に、ジャンベが反応する。

「それ、スドウルさんが前に言っていました!」

「てか、リキさんもジャンベのこと・・・ウボンレイ族のこと、知ってたんですね」

ユウヒが驚くと、リキが「まあ、な」と得意気な顔をする。ミツカがふふっと笑い、モッチに視線を送る。

「ああ、モッチさんから聞いてたっすね・・・」

ネガがミツカの視線に気がついて、苦笑する。

「そりゃあ、同じパーティーの仲間だからな!」

リキがやはり得意気に拳を掲げる横で、モッチは「スドウルは違うし、教えてないけど」と、不満そうな顔である。

 話が落ち着くと、自然と一同の視線がマスターへと集まる。

「真相を追うというのは、時に危険なことだ。真相に蓋をしたい者たちだって、いるかもしれない。真相を追うために必要な強さは、力だけではない。知識も、信念も、勇気も、共に立ち向かう仲間の存在も、強さになる。そして、時には過ちを認めることも」

マスターはそう言うと、一瞬また窓の外へ視線をやろうとしたように見えた。しかしそうはせず、その場にいる全員の顔をしっかりと見つめた。ライムはなんとなく、マスターですらその強さというものを、まだ掴みきれていないのではないかと感じた。



 先程と同じようにモッチの瞬間移動で広間へ戻ると、ルンポたち中年冒険者が歓声をあげた。

「宴、宴だ!!」

ハクビが溜息をつきながら、ルンポたちの机に酒を飛ばす。ハクビの機嫌を表すように勢いよく飛んできたジョッキが、机から滑り落ちそうになった。その後から、ヨモギが料理を運んでくる。

「ほら、お前たち、早く席につけ。なんだかよくわからんが、謎は解決したんだろ?じゃあ宴だ!」

ルンポたちの盛り上がりに、半ば呆れながらもライムは元気づけられた。

 途端に、空腹がこみ上げてきた。椅子に座ると、ライムは目の前の骨付き肉を手に取り齧り付いた。

「おい、ライム。お前はどう思った?」

隣に座ったトラヒコが、魚料理を皿にとりながら小声で問いかける。

「うん。僕は・・・はっきりと思っていたわけじゃないんだけど、なんとなく・・・父さんも、『真相』っていうのを追っているんじゃないかって思うんだ」

トラヒコは、無言で頷いた。そしてしばらく黙り込んだ後、口を開いた。

「俺の親父やお袋も、きっとそうだ。そして、さっきマスターが言った強さ、力と知識では、まだ両親には及ばないと思っている。でも、信念は・・・くそ、勇気は全然ダメだな。あの異譚渡りに足がすくんで動けなかったのが、悔しい・・・」

「でも、仲間はいるでしょ?」

いつの間にか向かいに座ったユウヒがそう言うと、「ふんっ」といつもトラヒコがやるように鼻で笑った。ネガも、大きく頷いている。

「うちは、島の長老に聞きたいことがいっぱいあるなあ。すぐに帰れる距離じゃないけど、時間みつけて実家に帰ってみよう。パパやママも、心配してるかなあ」

ユウヒの言葉に、ネガも続く。

「おいら、春からは回復魔法専門学校の最終学年っす。実習で、兄者のいる病院にいけたら、色々と聞いてみるっす。まあ・・・おいら自身で調べたり考えたり試したり、そうしないといけないこともあるっすよね、きっと。ポンポンの靴だって、もっと上手く履きこなして、能力を引き出したいっす。もともとの腕輪の能力と掛け合わせて・・・」

美味そうに米料理をかき込んでいたジャンベも加わる。

「ボクは、もっともっと真剣に、あの『7』の本の鑑定へ取り組みます!きっと、ウボンレイ族、聖地アーケの民であるボクがやらなきゃいけないことだと思うので」

「うん。僕たち、それぞれが出来ることをやろう。それぞれが別のことをしていたって、別の場所にいたって、僕たちパーティーの繋がり、仲間の力は、もう十分に強くなってるよね」

ライムの言葉に、ユウヒも、ネガも、ジャンベも、そしてトラヒコも、力強く頷いた。


 ギルドを出て、寮へ向かおうと歩き始めた5人を、「ねえ」と呼び止める声がした。振り返ると、モッチが沢山のお菓子の袋を抱えて立っている。

「頑張ってくれたから、ご褒美」

ぽかんとするライムたちであったが、自然と笑顔がこみ上げてくる。駆け寄って5人で受け取り、「ありがとうございます」と礼を言うと、モッチはぎこちなく笑った。

「じゃあ、ね」

小さく手を振り、モッチは5人を見送ってくれた。


 お菓子は5人で山分けしても、一晩では食べきれないくらいであった。

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