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77.荒らされた妖精の国⑥

 数日後、ライムたちはドワーフの鍛冶場に招かれていた。

 朝、宿に寡黙なドワーフたちが数人やってきて、ついて来いと言うようにライムたちを振り返りながら歩き出した。ライムたちは朝食がまだであったが、道中で待ち構えていたポンポンやその友人の妖精たちが果物のサンドイッチを渡してくれた。特にネガは妖精たちから大人気で、抱えきれない程のサンドイッチに困りながらも満更でなさそうだ。

「お、おいら、こんなに食べれないっすよ」

「じゃあ、うちにも分けてね」とユウヒがネガを肘でつついて揶揄う。そんなやり取りにも振り返ることなく、ドワーフは歩き続け、トラヒコも同じくそれに続く。

「なんだか、ドワーフたちとトラヒコって、相性が良さそうだね」

ライムがトラヒコの背中を見つめてそう言うと、ユウヒが大きく頷く。

「わかる。むっつりしちゃってさ。きっと一緒にご飯とか食べてても、一言も喋らないんじゃない?」

ユウヒがトラヒコのむすっとした顔を真似しながら、サンドイッチを頬張った。


 小高い丘の上にある鍛冶場へ着くと、ドワーフたちから鉄のようなものでできた小さな板を見せられた。赤い字で「入国許可証」と書かれている。

「これ、妖精たちの・・・赤い粉だよね?」

ユウヒが呟くと、ドワーフが頷いた。そして、後ろの棚を指さす。そこには、赤い粉の詰まった瓶が大量に並んでいた。

「なるほど。最初の赤い粉が発する妖精の羽音を、別の砂に聞かせて量産したわけか」

トラヒコが腕を組んで棚を見つめる。

「そうか、この許可証を身に着けて悪事を働こうとしたら、赤い粉の音が聞こえて苦しむことになる。でも、許可証をどこかに置いたまま悪いことをしようとする人もいそうだけど・・・」

ライムの言葉に、ドワーフが今度は鍛冶場の外へと歩き出し、ついて行ったライムたちを振り向きながら広場の方を指さした。入国許可証と同じ材質で、赤い粉が塗された柱が建っている。妖精の国の家々とほぼ同じ高さだ。見渡すと、国内にいくつか、その柱が建っているのが見える。

「これなら、入国許可証を持っていない、妖精の国に住む他種族たちが何かをしでかそうとしても、安心っすね」

 ネガが見つめる先には、ドワーフたちの誘導で資材を運ぶビッグフットたちの姿があった。さらに、ビッグフットに手を貸そうと、ゴリラや熊の獣人たちが集まってくる。鍛冶場の周りでも、ドワーフの鍛冶仕事を、器用なネズミの獣人が手伝っている。宿から鹿の獣人たちが食事や飲み物を持って出てきては、作業に勤しむ者たちへ配っている。そして、妖精たちはそれぞれの場所で、一心に綺麗な羽音を響かせている。その音は時に気力を奮い立たせ、時に疲れを癒す。

「適材適所、か。これだけ他種族の力で成り立っていると、もはや妖精の国とは言い難いかもしれないけどな。いや、そうでもないか。他種族は妖精の国の一員でいるために協力しているわけだ。そしてそれを、妖精たちが受け入れている。そうすると・・・」

トラヒコがぶつぶつと呟く横で、ユウヒがそれを遮った。

「もう、そんなにひねくれて考えなくていいじゃん。みんな、妖精とか妖精の国とかが好きで頑張ってるんじゃない?それって、妖精とか妖精の国の良いところを守ろうとしてるんだと思う。妖精がいて、妖精の国があってこそ、でしょ」

ユウヒの言葉に、トラヒコは何か言いたげであったが、反論はしなかった。

「もともと、鱗人の騒動が起こる前から、この国の平和を乱す存在は疎まれていたんだと思う。種族に関係なくね。妖精たち自身がそれを拒めなかったから、他種族が代わりに声をあげたり、妖精や国を守ろうとしたりしてくれていたけれど、もう妖精たちだって自分を守る術を知ってる。その術を使うかどうかは妖精次第だけど、でも・・・」

ライムは、言葉を切って、改めて妖精の国を見渡した。

「妖精たちの最大の力って、なんていうか、他の種族からも『守りたい』って思わせること、みたいな・・・」

「それ、わかる!」とユウヒが頷き、トラヒコは目を閉じて軽く笑った。

「そうっすね。唯一、妖精のそういうところを弱点として突いてきた鱗人には痛い目を見たっすけど、それでもコーンをはじめ、鱗人たちの中でも動きがあったみたいっす。このまま、良い方向に動いてくれるといいっすね」

 噂をすれば。国の入口、森の辺りで、ネークスに跨ったコーンが何やら作業をしているのが見えた。


 コーンは、国の門に、何やら文字を書いていた。鱗人の言語だろう。そしてドワーフたちがその文字を門へ彫る。そこに、赤い粉を埋めて固めるようだ。

「鱗人、分かるよう、規則を書いた。規則を教えれば、理解する鱗人もいるだろう」

コーンがネークスから降り、ネークスの鼻のあたりを撫でてやる。

「鱗人の国は、今どうなっているのかな」

ライムが尋ねると、コーンの顔が少し綻んだように見えた。

「鱗人の国、妖精の国と同じ、鱗人だけで成り立たなくなってきていた。それでも、鱗人、他種族の助けを借りない、他種族の国を襲って、奪って、従わせる考えの者、多かった。しかし、それでは鱗人、いつか滅びるという者たち、増えてきた。他種族や国と協力する、そのためには鱗人も態度改める、それが必要だ。妖精の国とも、いつか。私、その架け橋と、なりたい」

コーンの首からは、鱗人として第1号の入国許可証が下げられていた。


 翌日、ライムたちは妖精の国を去ることにした。もう、この国で自分たちが出来ることはやり尽くした、という気持ちであった。宿で水の老婆に声をかけると、眠たそうに壺から現れてくれた。

「あんたたちが次にこの国へ戻ってくる時には、あたいはもうこの世にいないかもしれないからねえ。あんたらの旅の無事を祈ってるよ」

そう言うと壺に戻り、水の手だけ出して振ってくれた。

 妖精たちは笑顔で一行を見送ってくれた。ポンポンがネガのもとへ駆け寄って、「ねっ!」とネガの手を握った。ネガは顔を真っ赤にしながら、「あ、靴、ありがとうっす」とメガネが落ちそうになるくらい何度も頭を下げた。ポンポンは、ネガの手を引いて歩き出す。そこには小さな花畑があった。ネガの靴の材料となった草花が植わっている。

「これ、本当に凄いっす。おいら、靴を調べてみたっすけど、この草花自体に魔力が魔法へ変換される際の流れが格段に効率よくなる成分が含まれてるみたいっす。同時に、おいらがいかに、これまで無駄な魔力を使っていたかも身に染みたっすけど・・・これ、外に持って・・・いや、ダメっす。ポンポン、おいらだけじゃなくて、外から来る誰かに、妖精の大切なものを簡単に渡しちゃダメっすからね」

ポンポンは、持って行ってと言うように「ねっ!」と花畑を指さしたが、ネガは強く首を横に振った。そんなネガを見て、ライムは笑顔で頷き、ユウヒも笑顔でネガの背中をぽんっと叩いた。トラヒコは興味なさげに腕組みしていたが、口元が綻んだ。

 ビッグフットもドワームも、作業の手を止めてライムたちへ視線を送った。静かな見送りの後、獣人たちが熱烈に見送りの言葉をかけてくれた。皆、旅を続ける種族である「人間族」たちが、またいつか妖精の国へ立ち寄るものだと思っているようだ。

 ポンポンは最後まで、こちらに向かって手を振り続けていた。ライムたちが霧の中へ足を踏み入れ、妖精の国を振り返った時、まだ霧の向こうで微かにポンポンが飛び跳ねながら手を振っているのが見えた。それを見て、ネガがポンポンと同じように、飛び跳ねて手を振って返した。

 飛び石状の光を辿り、コーンの小屋の前まで来ると、コーンがネークスの脇に立ってライムたちを待ってくれていた。

「人間族の皆さん、ありがとう。私、鱗人、代表して礼をする。まだまだ、鱗人、妖精の国、手を取り合うまでに困難、多い。次に、皆さん来る時は、もっと良い報告、出来るようにしたい」

自然と、ライムは手を差し出していた。コーンは、きょとんとした顔をしていたが、おそるおそるライムの手を握る。

「コーンがいなかったら、僕たちが取っていた行動は全然違ったかもしれない。だから、僕たちこそ」

ライムの、「ありがとう」という言葉に続けて、ユウヒも「コーン、頑張ってね!」と応援した。



 コーンと別れ、霧の中を進み、そして霧が晴れた。以前、鱗人たちと一戦交えた野原である。

「それにしても、この冒険譚の異変、全然わからなかったっすね」

ネガが呟く。一行は、あてもなく野原を進んでいく。

「カルノアリエスが逃げ出すような物凄く強い存在が、この世界のどこかにいる・・・それも外から入り込んだ可能性が高い。そういえば、モッチさんが言ってた。『完結とは関係ない存在かもしれない』って」

ライムがそう言うと、トラヒコが頷く。

「でも、さ。この冒険譚、完結しちゃえばもう外の世界には影響ないでしょ?その、物凄く強い存在っていうのが何者かわからないけど、この世界に悪さはしてないわけだし・・・完結しちゃえば外に出てくることもないわけだし・・・」

ユウヒの言葉に、「確かに、そうっす」とネガが頷く。ライムも、ゆっくりと頷いた。

「そうだね。僕たちが接触したことで、むしろこの世界に悪い影響が出る可能性だってあるよね」

「外の世界のためには、探っておいた方がいいかもしれないけどな。魔物大量出現の原因解明に繋がるかもしれない。まあ、カルノアリエスの生態から、強者の存在を感じ取って逃げ出すことは分かった。つまり、魔物の生態によっては何者かが意図的に脅しをかけて、外の世界に追いやることだって可能なわけだ。ネークスだって、俺の魔力程度じゃ後退りくらいだったが、例えばS級クラスの魔力なら逃げ出したかもしれない。そう考えると、全く収穫がなかったわけでもないか」

トラヒコが腕組みを解く。

 突如、周りに文字が浮かび出した。野原から、森から、きっと妖精の国の方からも。もう見慣れた、完結の合図だ。

 しかし。

 文字が突然、空中で静止した。異変に、辺りを見渡す一行。


 「儂に逢わずともよいのか?」

一行は声がした方を、見上げた。声は空から響いてきたからである。

 恐怖のあまり、ユウヒが口元を押さえ、震えながらへたりこんだ。ネガは失神しそうになりながら、力なくユウヒと並んで腰を抜かす。ライムもトラヒコも、武器を具現化することさえ出来ない。


 空が割れ、その裂け目から、あまりにも巨大な目玉がこちらを覗き見ていた。

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