76.荒らされた妖精の国⑤
妖精の国の広場では、妖精たち、ビッグフットたち、ドワーフたち、そして様々な種類の獣人たちが集まっていた。その輪の中央には、檻に入った鱗人たちがいた。相変わらず、響くのは獣人たちの声、そして鱗人たちが威嚇するように何事が述べる声。それにかき消されながら、昨夜の葬式で舞った光の粉のうちまだ形あるものが、微かに歌い続けている。
それを遠くから見守る、ライムたち。散々、この冒険譚の世界において自分たちは何が出来るかと話し合ったが、結局答えは出なかった。鱗人に限らず、傲慢な振舞いをしたり、妖精の国内で悪事を働く者を強制退去させることが良いのではないか。しかし再入国を防ぐ手立てを考えなければならないし、そもそもビッグフットの自警団だけで手が回るのかどうかも分からない。妖精たちにも自衛や国防を担う責任があるのではないか。しかしライムたちがそれを説得することも憚られる。鱗人たちが妖精の国へ侵攻してきても、相手の数が分からないが、ライムたちが加勢すればある程度は防ぎきることも出来るであろう。しかし、ライムたちがこの世界から去った後はどうするのか。
「やっぱり、僕たちがこの世界で出来ることは、ないのかもしれないね」
ライムが呟く。
「出来ること・・・ほんとにないのかな。見守るだけ・・・?」
ユウヒが、他の3人の顔を覗き込み、俯いた。
「俺たちが余計なことをしなくても、この世界の住人同士で答えを出すだろう」
トラヒコが視線をやった先には、おそるおそる広場の輪に近づく、コーンの姿があった。
「おいらたちが何かしなきゃって思うばかりじゃ、ダメかもしれないっすね、これからも。おいらたちが何もしない方が、かえって上手くいくこともあるかもっす」
ネガがしゃがんで、ポンポンから貰った靴を撫でる。
「そうだね。僕たちは、この国が出す結論を見守ろう。あと・・・もしも妖精たち自身が、昨日ポンポンが鱗人たちにした『何か』を知らないのなら、そして妖精たちがその能力で自分たちを守ろうと思うのなら、そこについては協力出来そうだけどね」
ライムの言葉に、ユウヒが勢いよく頷いた。これには、ネガも賛成である。
「それにしても、あれ、なんだったんすかね。ポンポンも、自分がその『何か』をした自覚はなかったみたいっすし」
そう言いながらネガがトラヒコの視線を辿る。そして、「あ、あの人ならもしかすると知ってるかもっすね」と納得する。
トラヒコが見つめていたのは、昨夜の葬式の後に宿へ運ばれそびれたのか、広場のそばに放置された壺であった。ライムたちが近づき、壺を覗き込むが、何の反応もない。
「あの、すみませーん」
ユウヒがそっと呼びかけると、水面がぷるっと動き、眠たそうに水が持ち上がった。
「なんだい、やっとあたいを宿まで運んでくれる気になったのかい」
水の老婆が姿を現し、大あくびする。4人は顔を見合わせた。
「すみません、すっかり・・・。今夜はちゃんと宿へお連れしますね。でもその前に、1つだけ尋ねたいことがありまして」
ライムが申し訳なさそうに向けると、水の老婆はじっとりとした視線をライムに投げつけ、「ふん、あたいはどうせ、誰かに運んでもらわないと動けないからねえ、勝手にしな」と不貞腐れた。
「妖精が、自分たちの身を守る手段ってないんでしょうか。実は昨日・・・」
ライムが、昨日森の中でポンポンがやってのけた「何か」について説明する。ライムたちには聞こえず、同じ鱗人であるコーンにも聞こえなかった。しかし、ポンポンへ襲い掛かろうとする鱗人たちは無力化された。水の老婆は、何かを思い出そうとするようにしばし黙り込むと、「ああ」と口を開いた。
「アルバトロス、妖精の国を世に知らしめた旅人の手記に、書いてあったことだけどねえ。これだけ穏やかな妖精が、他の種族に捕獲されたり危害を加えられずにいるのは、霧に覆われた巨大な森のおかげだって。それで、今みたいになって、妖精たちは実際困ったことになっている。でもねえ・・・確かに妖精たちを捕まえて売り飛ばそうなんてとんでもない輩はいたにはいたんだが、成功したなんて話は聞かないねえ。捕まえて、その後に何故か逃げられたんだと。取っ捕まった輩が、嘆いているのを聞いたよ」
そう言うと、水の老婆は言葉を続ける。
「種族によって違うだろうけど、命を守るために無意識に取る行動って、あるもんじゃないかい?あたいは自分じゃ動けないって言ったが、もしもあたいが地面に零れちまったら、水気のある方へ自然と流れることが出来る。信じられないくらい大変だから、絶対にやりたくないけどねえ」
それを聞いたネガが、呟く。
「反射・・・?防衛本能・・・身を守るため、敵意がある相手にだけ反撃できるような・・・相手の感情に作用する・・・例えば、悪意を働こうとする思考が脳内で駆け巡っている時、その音を聞くと不快感に襲われたり、とかっすかね・・・」
ネガの言葉に、トラヒコが頷いた。
「そう考えると、状況がしっくりとくるな。妖精は意図してその羽音、聞こえないから音なのかどうか分からないが、それを出していると考えると、本当に身の危険を感じた時には身を守ることが出来るわけだ。それを意図的に発することが出来ればな」
トラヒコが腕組みし、目を閉じる。
「音・・・あれ、もしも音だったらさ」
ユウヒがはっと、何かに気がつく。振り向くと、ライムもネガも、同じくはっとしたような顔をしていた。
「粉、か」
トラヒコが目を開ける。
広場では、コーンが通訳となって、檻の中の鱗人たちの言葉を他種族たちに伝えている。獣人たちが一斉に怒りを露わにし、ビッグフットの1人が力任せに檻を殴りつけ、鉄格子が歪んでしまった。ドワーフたちも溜息をつき、妖精たちは俯いている。コーンが、これはコーン自身の意見なのだろうか、何事か鱗人たちに伝えると、鱗人たちも一斉に反論した。
「私、言った。文化は理解できなくても守るべきだ、と。鱗人、妖精の皆さん、他の種族の皆さん、当たり前と思っていることでも、教えないと理解できない。教えて、覚えて、理解する鱗人もいる。しかし、この者たち・・・」
コーンが力なく首を振る。ビッグフットの1人がコーンに近づく。コーンは、逃げ出さずにじっとビッグフットを見つめた。
「お前ハ、良イ鱗人ダと思うガ、我々ハ鱗人ヲ憎ンでイる」
コーンが項垂れる。その時であった。檻の中の鱗人が、突然甲高く吠えた。獣人たちが耳を塞ぐ。離れたところで、粉の入った瓶を妖精の女性からいくつか譲ってもらっていたライムたちも、耳をつんざくような吠え声に、何事かと振り返る。コーンだけが、鱗人たちの思惑をはっきりと理解したように叫ぶ。
「避難、逃げろ!!危ない、群れが来る!!」
やがて地響きとともに、妖精の国へ、何頭ものカルノアリエスが雪崩れ込んできた。昨日、森の中に逃げ込んだ個体たちであろう。鱗人たちの吠え声は単に呼び寄せるだけでなく、指示の意味も含まれていたのか、カルノアリエスたちは真っすぐに広場へと突進し、逃げ惑う妖精たちや様々な種族へ襲い掛かった。
ライムたちが駆け付けた時には、騒動に乗じて歪んだ鉄格子の隙間から抜け出した鱗人が看守のビッグフットを殴りつけ、隠し持っていたナイフで腕を刺すと、檻の鍵を盗み出した。瞬く間に、鱗人たちは解放される。
コーンが「宥めの唱え」をするが、数が多いからなのか、他の鱗人たちの指示を受けているからか、静まる気配がない。ライムが籠手を纏い、トラヒコが刀を抜き、ユウヒが杖を構えると、鱗人たちを迎え撃つ。ネガが靴から込みあがってくる魔力をもとに、3人へ同時に増強魔法をかける。
「す、凄いっす!」
ネガ自身も驚きを隠せない。ライムたちの加勢に、ビッグフットも力で鱗人たちに対抗し、ドワーフが工具で応戦する。鱗人たちは初めから戦闘をしかける気はないようで、それらを俊敏に躱しながら森へと向かっている。また、鱗人にばかり集中していると、暴れるカルノアリエスに食いつかれたり、踏みつぶされたり尻尾で薙ぎ払われたりする。
突っ込んできたカルノアリエスを一同が躱したその間に、1人の鱗人が妖精を捕まえ、人質に取った。ナイフを妖精の首元に突き付けている。
「ポンポンっす!!」
ネガが叫ぶ。ライムやトラヒコ、ユウヒは、国外へ逃亡しようとする鱗人たちを制圧していて、慌てて振り返ってそれに気がついた。妖精たちが、心配そうにポンポンを見つめる。ポンポンは震えながら、ナイフを突きつける鱗人に、やめてと言うように首を振る。そして、ネガと目が合った。
「ねっ!」
心配ないよと言いたげに、ネガへ無理やり作った笑顔を向けるポンポン。しかし、涙が流れる。
ネガが、靴を撫でた。
「おいら、怒ったっす」
ネガが自身の脚に増強魔法をかける。靴から込みあがってくる魔力も同時に体中へ巡らせると、ネガは弾丸のように飛び出した。トラヒコでさえ目を見張るような速さで、ポンポンを人質にとった鱗人へ迫る。
あと、1歩、だった。
突然、ネガの全身の力が抜ける。鱗人の足元に、力なく転がるネガ。
「これ・・・魔力が湧いてくるんじゃなくて・・・おいらの中の魔力が魔法に変換する効率を高めてたんすね・・・そりゃそうっす、いきなりおいらが強くなるなんて・・・」
鱗人はネガを蹴り飛ばすと、ポンポンの首元に向かって、ナイフを振り下ろした。
「でも、ポンポンは、自分を守れるっす・・・!!ポンポン!!」
ネガが無我夢中で叫ぶ。ポンポンは、ここに至ってもまだ、蹴り飛ばされたネガを案じて手を伸ばしていた。
ナイフが、落ちる。静寂の中、鱗人たちが苦しみだす。
ライムが辺りを見渡すと、妖精たちが必死に、羽を震わせていた。まるで、心の中で、声にならない悲鳴を上げているようだった。
「粉、粉っす!!」
ネガが叫ぶ。ライムとユウヒがそれぞれ瓶を開けて、透明の粉を巻くと、粉は風に吹かれながら深紅の輝きを放った。トラヒコが刀を軽く振る。風が粉を運んで、また瓶に戻っていく。瓶の中で、粉は妖精たちの音のない叫びを歌い続けているようで、深紅の輝きは消えなかった。
コーンが、張り上げすぎてかすれてしまった声のまま、「宥めの唱え」を続けると、カルノアリエスたちは落ち着きを取り戻し、その場で座り込んだ。
悶絶しながらも、ライムたちが粉の作業へ移ったのをいいことに、森の中へと逃げて行った鱗人もいた。しかし、霧の向こうへと消えたそばから、勢いよく何かに弾き返されてきた。
「ネークス!」
コーンが駆け寄る。ネークスが、コーンへ甘えるように屈んで顔を擦りつけた。
森の中から現れたのは、ネークスだけではなかった。数頭の新たなカルノアリエス。そして、その背には槍を持った鱗人たちの姿が。トラヒコが刀の鞘に手をかけ、ライムも籠手に波動を込めて様子を見守る。ユウヒもポンポンと一緒に、転がったネガを助け起こしながら新たな入国者たちへ視線を送る。
妖精たちはまだ羽を震わせていたが、新たな入国者の姿を見て、不思議そうに羽ばたきをやめた。同時に、苦しんでいた鱗人たちがよろよろと立ち上がると、槍を持った鱗人たちに駆け寄る。助けを求めているのだろう。しかし。
カルノアリエスの鞍から飛び降りた鱗人たちが、駆け寄ってくる不届き者たちを容赦なく槍で貫いた。続けざまに、妖精の国で悪事を働いた鱗人たちが、新たな鱗人たちの手によって処刑されていく。全てが片付くと、槍を地面に置いた鱗人たちが、こちらへとゆっくり歩み寄ってきた。コーンが鱗人の言語で話しかける。穏やかな様子で、相手の鱗人も返す。コーンは驚いたように、こちらへ振り返った。
「この者たち、穏健派の鱗人、妖精の国へ謝罪したい、妖精の国と仲良くしたい」
それを聞いた獣人たちが非難の声をあげる。信じられるか、といったものだ。
「いや、あながち嘘でもないぞ。別に、悪事を働いた同胞を処刑したからじゃない。妖精の、あの羽音が聞こえなかったんだろうからな」
トラヒコがそう言うと、ライムが隣で、深紅の粉が入った瓶を掲げて振った。
妖精たちは、きょとんとした様子であった。仮面をつけたビッグフットも首を傾げ、ドワーフも怪訝そうな顔である。獣人たちはなお、各々が主張を続けている。そこに、ライムたちへ粉をわけてくれた女性の妖精が、壺を持って現れた。
壺の中から現れた水の老婆の説明には、国中が納得した。
「僕たちじゃ、こうはならなかっただろうね」
水の老婆の説明を、野次馬の馬獣人たちが宣伝して回っているのを見て、ライムが苦笑する。ライムたちは、巨大な木々の間にかけられた、これまた巨大なハンモックの上から広場を見おろしている。
「俺たちは最低限の介入でよかったんだろう。なあ?」
トラヒコが、隣で横になっているネガに声をかける。ネガは疲れ果てた様子で、頷いた。
「ネガ、大活躍だったもんね」
ユウヒが笑う。ポンポンも、ネガに満面の笑みを向けた。木の下ではコーンがネークスを撫で、他のカルノアリエスを良き鱗人たちが連れ帰るのを見送っている。
ライムは、瓶に詰められた深紅の粉を見つめた。妖精たちの叫びの証をこの国へ託していくことが、自分たちの役目であったのだと、じんわりと感じた。




