表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/80

75.荒らされた妖精の国④

 国と森の境目、ちょうど昨日、ライムたちがコーンと行き来した道の辺りで、ビッグフットは血を流して倒れていたという。ライムたちが騒動を聞いて駆け付けた時には既に、それは妖精の国で犯罪行為を繰り返していた鱗人たちの仕業であることが判明していた。ライムたちが入国した際、妖精の少女からひったくりをした鱗人が捕縛されたが、そのことに対する報復であったようだ。

 事件現場には、馬の獣人たちが文字通り野次馬として群がっていて、騒ぎ立てていた。そしてふと、ライムたちは気がつく。この国において、主にライムたちが聞き取れる言葉を発しているのは獣人である。ビッグフットやドワーフは、言葉を発することはあるのだろうが口数が極端に少ない。鱗人たちの言語は、ライムたちには分からない。そして妖精に関しては、やはり言語でのコミュニケーションを必要としていないようで、声すらもほとんど発さない。つまり、この事件について今、ライムたちの周囲で交わされている意見は獣人たちのものである。

「やっぱり、鱗人・・・」

「鱗人は追放した方が治安のためにもいいんじゃないか」

「鱗人の中にも良い人だって・・・」

「どうやって見分けるんだよ。それに、今は良い人かもしれないけど、根っこは鱗人なんだからさ」

「せっかく妖精の国に移住出来たのに、鱗人のせいで台無しだよ」

「一旦、鱗人は全員自国へ帰ってもらって、再入国の時に素行チェックをすれば・・・」

「素直に出て行くわけないじゃん。全員捕まえて強制退去だよ」

本来の国民ではないはずの獣人が、あたかも自国のことのように話し合う。そして、肝心の妖精たちは、それをオロオロとした表情で見守っている。ドワーフたちは、我関せずといったように、淡々と鍛冶仕事を始める。

 ライムたちまで、押し黙ってしまう。ユウヒがネガと顔を見合わせた時、視界にコーンの姿が目に入った。

「あ、コーン」

ユウヒの声に、ライムも森の方へと目をやった。コーンが、茫然と立ち尽くしている。そしてライムたちに気がつくと、くるっと背を向けて森の中へと走り去った。

「コーン、待って」

ライムとユウヒが駆け出そうとするのを、トラヒコとネガが止める。

「今の状況で、ビッグフットや獣人たちがコーンをみつけたら、コーンは謂れのない中傷を受けるかもしれないっす」

ネガの言葉に、ライムもユウヒもハッとする。ライムの頭に、幼い頃、ラクダ村で投げつけられた言葉が過る。「どうせお前も、いつか村に災いをもたらすんだ」と、誰かも分からない声で。


 ライムたちがその場を去ろうとした時、年老いた妖精たちが数人、現れた。そこに、ビッグフットが勢いよく迫る。

「妖精モ、反撃ノ意思ヲ示しテ欲しイ。我々、妖精ノたメに、こノ国ノたメに戦っテいル。お前たチの国、お前たチも戦っテ守レ。そウでなけレバ、我々、協力デきナイ」

ビッグフットの言葉に、年老いた妖精たちも、それを見つめる沢山の妖精たちも、困ったような表情を浮かべ、項垂れる。

「妖精が、もう他の種族は入っちゃダメって意思表示できればいいんだろうけど、妖精にそれをさせるのって可哀想な気もする・・・」

ユウヒの言葉に、ネガは頷きかけ、ゆっくりと首を横に振った。

「でも、ビッグフットの言い分も分かるっす。妖精の国の治安を守るためにしたことで、仲間が殺されたんすから。妖精の国なんだから、妖精もなんとかしろって言いたくもなるっすよね」

ライムが、ぐるっと辺りを見渡す。

「それに、もう妖精の国は、妖精だけでは成り立たないかもしれない。余所者の僕たちが勝手に決めるのもなんだけど、もう他の種族がこの国で働いて、貢献しているのも現実としてあると思うから」

近くには、妖精とドワーフが寄り添い、互いの特徴をもった子どもたちがその後ろに隠れている光景もある。よく見れば、妖精とドワーフのハーフはかなりいるようだ。

「ただ、このままの状況だと、鱗人はどんどんこの国へ入ってくるだろうな。コーンのような奴ばかりじゃないだろうし、むしろそれは少数派だと思った方がいい。集団になれば、集団の思想に流れる奴もいるだろうから、この国の治安は悪くなる一方だろう」

トラヒコは、コーンが走り去った森の中を、腕組みしてじっと見つめる。

「コーンのところへ、行ってみよう」

ライムがそう言うのを待っていたかのように、4人は目立たないようそっと、森へと歩を進めた。


 昨日、コーンに案内された通り、飛び石状の光を辿ってゆく。霧の中からコーンの小屋が現れると同時に、荷物をネークスの鞍に載せて、自身もそれに跨ろうとするコーンの姿も飛び込んできた。駆け寄る4人。

「コーン、ここを離れるの?」

ライムが尋ねると、コーンはゆっくりと頷いた。

「他の鱗人がやったことで、せっかく妖精とも馴染んでたコーンが出て行かないといけないなんて、嫌だな・・・」

ユウヒが俯くと、それをじっと見つめたコーンが口を開いた。

「私、また妖精の国、戻ってきたい。でも、確かめること、ある。あのビッグフット殺した鱗人たち、捕まった。でも、それ知った鱗人、国へ走った。鱗人、仲間、捕まったら、助けに来る。それ理由に、妖精の国、襲うかも、しれない」

トラヒコが、さらに森の奥をみつめて、呟く。

「確か、妖精の国へ侵攻したい一派もいるんだったよな。捕らわれた仲間を救出するためとなれば、穏健派もそちらへ流れるかもしれないわけか」

コーンが頷き、ネークスの手綱を握ると、「私、国の様子、見てくる」と霧の中へと去ろうとする。

「僕たちも、ついて行ったらダメかな。もしも妖精の国へ侵攻してくる鱗人がいるなら、それを防ぎたい」

ライムの言葉に、コーンが心配そうに「危険、鱗人、粗暴」と返す。

「えへへ、実は人間族って、強いんだよ~」

ユウヒが得意気にニヤッと笑う。隣で苦笑するネガ。

「まあ、戦わずに説得出来たらいいけど、もしも向こうが攻撃してきたら、僕たちは反撃も出来るから」

ライムがそう言うと、コーンはやはり心配そうな表情であったが、「そう、か。私も、1人、少し怖い、助かる」と頭を下げた。

「その前に、少し、いいか?」

トラヒコがおもむろに、刀を具現化させる。鍔に指をかけ、居合の姿勢をとると、トラヒコは風の魔力を全身に纏った。ネークスがぶるっと身震いし、後退りするが、逃げ出しはしない。その様子を見て、トラヒコは刀を収納した。

「すまん、それじゃあ、行くか」

トラヒコが先に立って歩き出す。


 「ねえ、さっきのなんだったの?」

霧の中、飛び石状の光を辿って進む。コーンが手綱で、ネークスの歩く速さをライムたちに合わせてくれているのか、ライムたちも、靴底が剥がれて歩きにくいネガも、息のあがらないくらいの歩幅でついて行くことが出来る。ユウヒがトラヒコに並んで、先程の行動の意図を尋ねる。

「俺は、ベア渓谷でカルノアリエスを2体同時に倒した。奴らより強い。つまり、カルノアリエスに強い者から逃げる習性があるのなら、風を纏った俺から逃げ出してもおかしくはない。それでも、怖がりはしたかもしれないが、逃げはしなかった。あいつらが逃げるのは、もしかしたら自分よりも強い魔物だけなのか、敵意が関係しているのか、それとも俺くらいの強さなら逃げだすこともないのか。あるいは、その全部なのか」

そう呟くと、トラヒコは黙りこくる。ユウヒは、「ほんと、何者なんだろうね」と、揺れるネークスの尻尾をみつめる。

「敵意とか、襲われるみたいな危機感なら、これまで実害がないっていうのはおかしいっすよね。つまり、相当強い何かなのか・・・」

そう言うと、恐ろしく強い何者かがいる想像をしてしまったのか、ぶるぶると首を振るネガ。

 

 突然、霧が晴れて、森の外へと出た。丈の短い草が生えた野原。平和な光景。しかし。

「あれ、鱗人たち、大勢」

コーンが指さした先に、横一列になって、沢山のカルノアリエスが迫ってくるのが見えた。背にはそれぞれ鱗人、しかし、どうも様子がおかしい。中には背中が無人のカルノアリエスもいて、それらを鱗人たちを乗せたカルノアリエスが挟み込むようにしている。そして、こちらに近づいてくるにつれ、隊列が乱れ、背中から鱗人を落とすようにのけ反ったり、あらぬ方向に走り出したりするカルノアリエスが目立つようになった。コーンを乗せたネークスも、じわじわと森の中へと後退していく。背が無人となったカルノアリエスたちは、四方八方へと散って行った。なかにはこちらに向かって駆けてきたが、ライムたちには目もくれず森の中へ一目散に駆け込む個体もいた。

 鱗人たちは、何事か叫びながらカルノアリエスを追いかけたり、途方に暮れて立ち尽くしたりしている。その中の数人が、こちらへとやって来た。コーンがネークスから降りて、歩み寄る。ライムたちは様子を見守ることにした。

 コーンたちは鱗人の言語で何やら会話する。揉めているわけではないようだが、相手の鱗人たちは非常に興奮していた。

「やはり、この鱗人たち、妖精の国へ、行くところだった。でも、カルノアリエス、途中で何か怖がって、逃げ出した。『宥めの唱え』も効かない」

ライムが慌てて周囲を見渡すが、「何か」の姿はない。トラヒコが、コーンに囁く。

「こいつら、妖精の国へ向かっている理由は、報復というか侵攻で間違いないんだな」

コーンが静かに頷く。それを見て、トラヒコが刀を具現化した。ライムが「コーン、通訳を頼めるかな」と向けると、やはりコーンは頷いた。

「えっと、鱗人の皆さん、率直に言うと、妖精の国への入国はご遠慮ください。これは鱗人だから、ではありません。これからあの国で暴力的なことをしようとしている方を、通すわけにはいきません」

コーンが通訳すると、途端に鱗人たちの雰囲気が威圧的になった。言語は分からないが、激しい口調でライムに食って掛かる。トラヒコが進み出ると、刀を目にしてさらに興奮した鱗人たちは、槍を手にして威嚇する。

「お前たち、妖精、違う、あの国、お前たちの、ものじゃない」

コーンが鱗人たちの言葉を、ライムたちへ訳してくれる。

「でも、見過ごせないから」

ユウヒが杖を具現化して一歩前へ出る。ネガも腕輪を具現化した。

「妖精たちが直接拒否できないのをいいことに、好き勝手なことはさせられない。見て見ぬふりは、やっぱり出来ない。そのために僕たちがこの世界でやれることをやろう」

ライムが波動を拳へと流し、籠手を纏った。

 槍を振りかぶり、あるいは突き出し、襲い来る鱗人たち。トラヒコが風の斬撃を飛ばし、ユウヒは「火花 牡丹」で応戦し、ライムが腰を落として正拳突きを放つと巨大な波動の拳が鱗人たちを弾き飛ばした。しかし、鱗人たちも一筋縄ではいかない。俊敏な動きでライムたちの攻撃を躱すと、槍での一撃を放つ。トラヒコは刀捌きで応じ、ライムも籠手で受け止め懐に入ると打撃を打ち込む。ユウヒは炎の壁で鱗人たちが近づけないようにする。しかし。

「うわっ」

ネガがすっ転んだ。それぞれに増強魔法をかけようと走り出すつもりが、剥がれた靴底のせいで足をとられたのだ。すかさず、鱗人たちがネガに襲い掛かり、槍を突き刺そうとする。

「ネガ!!」

ライムが叫び、トラヒコも駆け寄ろうとするが、群がってくる鱗人たちのせいで近寄れない。炎の壁の隙間からその様子を確認したユウヒが炎を放射したが間に合わない。しかし、ネガの間近に迫った鱗人たちの腕や脹脛が赤く光り、もんどりうって倒れたり槍を落としたりする。

「行動制御魔法・・・ここまで近づいたら、なんとかなるっす・・・」

そう言いながら、ネガはなかなか立ち上がれない。魔力の消費量が大きいようだ。

 突如、咆哮とともに、ネークスが鱗人たちに襲い掛かった。背にはコーンが乗っている。ネークスが尻尾で鱗人たちを薙ぎ払い、踏みつけ、噛みつこうとする。しかし、鱗人たちが不思議なリズムで何事か唱えると、途端にネークスがおとなしくなり、座り込んでしまった。それを取り囲む鱗人たち。

「あれが、『宥めの唱え』ってやつか?」

トラヒコは苛立ちながら吐き捨てると、刀を鞘に納めて鱗人たちから間合いを取った。トラヒコが風の魔力を一文字に放つ。同時に、ライムも腰を落として正拳突きを連打した。数多の波動の拳が放たれる。ユウヒが炎の壁を解除し、その途端に自身へ群がっていた鱗人たちや、コーンとネークスを取り囲む鱗人たちの足元から火柱が上がる。

「い、今のうちに撤退するっす!」

ネガが靴を脱ぎ、立ち上がったネークスを駆るコーンがネガを掴んで鞍に引き上げ、ライム、トラヒコ、ユウヒも森の中へ駆け込んだ。


 コーンの小屋が見えてきた。と、同時に妖精の少女の姿。ネガの靴を作ってくれている少女だ。ライムたちが森へ向かったのを見て、追ってきたのだろうか。少女は喜んで、ぴょんぴょんと跳ねる。

 コーンがネークスから降りて小屋の外の杭に繋ぐのを見て、ライムたちは一息ついた。少女が、ネガに駆け寄り、嬉しそうに何かを差し出した。

「え、これ、靴っすか?」

外の世界の基準で言えば、確実に人目を惹く鮮やかさだろう。草花の緑や赤や黄色で彩られている。

「ユウヒならまだしも、おいらには派手過ぎないっすかね・・・」

そう言いながらも、つい今しがた裸足になっていたネガにとっては丁度良いタイミングで、さっそく履いてみる。大きさはぴったりだ。馴染みも良い。そして。

「な、なんか、魔力が足元から湧き上がってくるみたいっす。これ、凄いっすよ!」

少女が「ねっ!」と、にっこり笑った。

「あ、えっと・・・名前とか、教えてもらえたりするっすか?おいらは、ネガっす」

少女はじっとネガを見つめる。ネガは照れて、メガネをあげて顔をごしごしと腕で擦った。

「ポンポン!」

少女が、自分を指さして、そう言った。

「ポンポン、って名前っすか?ポンポン、靴、ありがとうっす」

ポンポンはまたにっこりと笑って、「ねっ!」と返した。

 その時であった。

 霧の中から槍を手にした鱗人が数人、飛び出してきた。先程の残党だろう。コーンが、ライムが、トラヒコが、迎え撃とうとする。ユウヒとネガが、咄嗟にポンポンを守ろうとする。

 恐怖で目をぎゅっと閉じたポンポンが、羽を鳴らした、ようだった。しかし音が聞こえない。羽だけが激しく震えている。

 鱗人たちが、膝から崩れ落ちる。頭を抱えて、苦しそうに呻く。その隙に、コーンが縄を持ってきて素早く鱗人たちを縛り上げた。

「い、今、何が起きたっすか?」

ネガの言葉に、ぽかんとした顔のユウヒも「うんうん、なんだったの?」と頷く。

「突然、鱗人たちが苦しみだして・・・ポンポン、さっき羽で音を鳴らした?僕には聞こえなかったんだけど・・・」

ライムの言葉に、ポンポンはきょとんとした顔である。自覚がないようだ。

「鱗人にだけ聞こえる音かとも思ったが、コーンには影響がない。ただ、あの羽に関係はありそうだ」

トラヒコがポンポンの羽をじっと見つめる。

「それを上手く使えば、妖精たちだって自衛も反撃も出来るんだがな」


 妖精の国では、亡くなったビッグフットの葬式が準備されていた。

 コーンは小屋に残り、縛り上げた鱗人らはライムたちが妖精の国へ連行して、自警団のビッグフットたちへ引き渡した。ビッグフット殺しの鱗人たちと同じく牢へ放り込まれたが、彼らの処分は葬式の後になるようだ。

 ライムたちも、参列者に混ざって式に加わった。ドワーフが作ったという棺桶に、亡くなったビッグフットは横たわっていた。仮面はつけたままである。様々な種族が、年老いた妖精から渡された花を、棺桶に供えてゆく。妖精たちが何やら瓶を振ると、風に乗った粉が辺りを舞った。きらきらと幻想的な輝きだ。

 妖精たちが、羽を揺らす。どんな楽器でも奏でられないような、不思議な美しさの音が広がってゆく。光の粉は妖精たちの羽音を吸収するように漂い、粉からも音色が流れる。

「あの粉はねえ、歌うんだよ。綺麗な音を聞けば綺麗に光って歌う。普段は透明なのに、まるで音に染まったようにねえ」

いつの間にか、壺に入って運ばれてきたらしい、水の老婆がライムたちに教えてくれた。

「そして、覚えた歌を歌い続けるのさ。粉が塵になって、見えなくなるまでねえ」


 風に舞った粉は螺旋を描いて空に昇ってゆく。歌いながら魂が天国へと向かっているようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ