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74.荒らされた妖精の国③

 妖精の国の朝は霧が深い。森の霧が、国の中にまで入り込んでいるかのようだ。宿の2階、窓を開けると、トラヒコは跳びあがり屋根に手をかけてのぼった。霧の中から、威勢のいい声がする。姿はよくわからないが、妖精でないことは確かだろう。宿も鹿の獣人が雇われていて、言葉には困らなかった。水の老婆から聞いたのと同じような話を鹿人たちからも聞かされたが、さらに鱗人憎しの内容だった。宿に泊まってもマナーが悪い、相手が客なので強くは言えないができれば泊まって欲しくない、そのうちに鹿人同士で愚痴をこぼし合い始めた。ライムたちは苦笑しながらも話に付き合っていたが、トラヒコは一足早く席を立ち、宿に置いてあったこの世界の歴史書、主に種族についてのページを眺めた。

 巨大樹が形成する広大な森で隠された妖精の国は、もともとは限られた種族のみがその場所を知っていた。ビッグフットやドワーフとは森の木々がまだ若い頃からの繋がりがあったようだ。その他、いくつかの種族は国の場所を知っていたが、ほとんどが滅んでしまったらしい。水の老婆も、そのうちの1種なのだろうか。

 霧が晴れてきた。屋根の上からでも地上の様子が分かるようになった。巨大樹からの木漏れ日を受け、妖精たちが楽し気な表情で往来をゆく。国の情勢を聞くに、もっと憤ってもよさそうなのに、妖精たちはみな笑顔である。その中に混ざって歩く、1人の鱗人。歳は判断できないが、少年のような雰囲気だ。昨日読んだ歴史書の、鱗人を紹介する挿絵を思い出す。鱗人が、羊鳥竜に似た魔物を手懐けている場面であった。

「トラヒコ、そこにいる?」

屋根から顔を出すと、ライムが窓から身を乗り出してこちらを見上げていた。

「朝ごはん食べたら、出掛けてみようか」


 妖精の国の食事は不思議な美味しさがあった。ユウヒは感激しっぱなしで、なんとかして本の外にいくつか持ち出せないかと検討していた。

「あの、ピンク色のもちもちしたやつ、毎日でも食べれちゃいそう・・・外に戻って、似た味が再現できないかやってみようかな」

そんなユウヒに、トラヒコが「外に戻れたら、な」と釘を刺す。

「まずは、羊鳥竜について知っている人がいないか、探してみよう。妖精の国とは関係ないかもしれないけど、少なくともこの世界の魔物だろうから、何か情報があるかもしれない」

ライムの言葉に、トラヒコが返す。

「それなら、鱗人に聞いてみるといい。宿の歴史書に、鱗人が羊鳥竜、まあそれに近いであろう魔物と一緒にいる挿絵があった」

途端に、ユウヒが嫌な顔をしかけるが、すぐに「あ、でも」と表情が明るくなる。

「鱗人にだって、良い人がいるかもしれないもんね。コルアール国のマティーニとミュールみたいに」

ライムも、笑顔で頷く。ネガは「ユウヒの前向きなところ、見習いたいっすねえ」と上を向いた。

「育った環境や文化で出来上がった価値観はそう簡単に変わりはしない。上噛み村で思い知っただろう」

トラヒコが遠くを見つめる。

「でも、生贄に反対する人だって、大勢いた。考えが変わった人や、周囲に逆らえず悪い方へ流れそうになっていたけれど、改心できた人もいた」

ライムの言葉に、今度はユウヒが笑顔で頷いた。ネガも、「まあ、確かにそうっすよねえ」と鳥の巣頭を掻く。

「問題は、その『良い鱗人』に行き当たるかどうかっすけどね」

ネガがそう零した時、広場の方から少年のような鱗人がやってくるのが見えた。


 「あ、あの~あ、えっと、そうか、言葉が通じないんだっけ?」

見切り発車で話しかけたものの、昨日の鱗人の言語が全くわからなかったことを思い出し、慌ててライムたちの方を振り返るユウヒ。

「いい、言葉、少し、わかる、勉強、している」

昨日の鱗人よりは、明らかに身体が小さい。そのため、少年のような雰囲気を感じていたのだが、想像していたよりも声が大人びている。

「私は、コーン。あなたたちは、何人だ?」

ユウヒは、「あ、えっと~」とまたライムたちを振り返る。トラヒコが腕組みをしたまま溜息をつき、「昨日の歴史書には、人間族って種族は書かれてなかったな」と呟く。

「僕たちは、人間族です。遠く離れた場所から旅をしています。旅をして生きる種族なんです」

トラヒコの呟きを聞いたライムが一歩進み出て、コーンに笑いかけながら返す。

「聞いたこと、ない種族。私に、聞きたいこと、なんだ?」

ライムたちは羊鳥竜の特徴を手当たり次第に述べたが、コーンにはピンとこない様子で、ユウヒが描いた羊鳥竜の絵をネガが手直ししていると、コーンは「カルノアリエス」と絵を指さした。

「カルノアリエス?この魔物の名前っすか?」

ネガの問いに、コーンが頷く。

「その、カルノアリエスはどこにいる?旅の途中で何頭か見かけたんだ。何かから逃げていたようだったが」

トラヒコが向けると、コーンはやはり頷いて答えた。

「3年、4年前、突然、逃げるように、なった。理由、分からない。カルノアリエス、強い。でも普段、おとなしい。言うこと、聞く。なのに、逃げた。分からない」

「何から逃げてるのかも、分からないんだ。そっかぁ。でも、その前は逃げなかったってことは、3、4年前・・・外の世界だと3か月から4か月前に、異変が起きたってこと?」

ユウヒが額に指をあてて考える様子を見て、コーンは「すまない」と呟いた。

「あ、ううん、全然!むしろ、丁寧に教えてくれてありがとう。やっぱり、鱗人だから悪い人だって決めつけなくてよかった~」

ユウヒの明るい顔をしばし見つめていたコーンであったが、やがて俯いた。

「鱗人、粗暴、それ、本当。私も、そうかも、しれない。しかし、この国、好き。文化、言葉、学ぶ」

コーンの言葉に、ライムたちは顔を見合わせて、頷いた。

「コーン、君のような人が鱗人の中にいるっていうことは、きっと妖精や他の種族にとっても心強いと思うよ」

ライムがそう言うと、コーンは顔を上げた。そして、ニコッと牙を剥き出して笑う。

「あなたたち、カルノアリエス、見るか?」


 妖精の国を出て森の中を行く。やはり森の中は霧が濃いものの、飛び石状の光はしっかりと現れて、道標になってくれた。しばらくゆくと、小さな小屋が現れた。そして小屋の横には、1頭の羊鳥竜・・・カルノアリエスが繋がれ、寛ぐように横になっている。コーンが近づくと眠たそうに眼を開け、甘えるように顔を近づけた。コーンが鼻先を撫でてやると、満足気に舌をペロッと出した。

「なんか、こうして見ると可愛いかも」

ユウヒが、あまり近寄らないようにしながらも、微笑ましくみつめる。

「ネークス」

コーンが、ふんふんと鼻を鳴らしてライムたちの匂いを嗅いでいるカルノアリエスを指さした。ネークスという名前らしい。

「ここ、私の、家。妖精の国、中、ルール守らない鱗人、多い。私、違う」

 コーンの家は手作りのような木造の平屋であったが、室内の家具もほとんどが手作り、というよりも素材をなるべく加工しない状態で置かれているようだった。丸太が椅子代わり、テーブルも椅子より少し大き目な丸太で、板のような岩に書物が積み重なっている。ベッドも簡易な造りだが、布団だけはしっかりとしている。

「ネークスの、毛、妖精、作って、くれた」

妖精たちは、手先が器用なのだろうか。

「これは、おいらの靴も期待しちゃうっすね」

ネガが冗談めかして呟く。積まれた書物は、どうやら言語や文化を学ぶためのものらしい。

「私、ここで、勉強。食事、川、魚獲る。鱗人、漁や釣り、得意」

コーンは獲った魚を妖精の国へ持っていくこともしているそうだ。妖精たちに魚を食べる習慣はなかったが、魚料理を好む獣人につられて食べてびっくり、大喜びされたらしい。

「妖精、異文化、拒まない。あの国、文化、交わる、混ざり合う。素晴らしいこと」

コーンによると、鱗人のなかには、妖精の国へ侵攻して自分たちのものにしようと声をあげる一派がいるらしい。そうでなくても、妖精の国はもっと心を開けと傲慢な意見を声高に主張する者もいるそうだ。

「私、違うと、思う。妖精の国、行くなら、暮らすなら、ルール守る。それが、当然だと、思う」

「鱗人の中に、コーンのような考えを持っている人は、どれくらいいるの?」

ライムが尋ねると、コーンは真剣な顔で考え込む。

「実は、いると、思う、結構。ただし、国、人種の中の大きな考え、戦って奪うこと。鱗人、そうやって生きてきた。でも、もう、そうしなくても生きていける。他種族と、助け合って、生きていける」

「あんたの言ってることが、出まかせじゃないのは分かる。言葉だって、ビッグフットの方がよっぽど訛りがきつい。相当勉強したんだろう」

トラヒコが、板戸を開けて外のネークスの様子を見ながら言った。ユウヒも、珍しくトラヒコの言葉に、うんうん、と頷いている。

「鱗人の多くが略奪志向だったとしても、全員がそうじゃないっていうのが救いっすね。問題は、その略奪志向の鱗人が妖精の国で悪さをしてることっすけど。あのまま放置したら、そうじゃない鱗人まで一括りにされちゃうっすよ」

ネガの言葉に、コーンは大きく頷いた。


 妖精の国への帰り道、コーンからカルノアリエスの生態も聞くことが出来た。カルノアリエスが逃げ出すとしたら、それも鱗人たちの制御を無視するくらい慌てているのだとしたら、本能的に恐怖を感じる程の存在が近くにいるということである。そう考えた鱗人たちは周囲を警戒したが、未だに何も見つかっていない。カルノアリエスがそこまで怖がるような存在であれば、例えば巨大な肉食性の魔物などであれば、すぐに見つかるであろうし、鱗人のことも襲ってくるだろう。しかし、その兆候も今のところない。

「これまでのことを考えると、冒険譚のランクにしては強すぎる魔物が存在するっていうのは分かっている。倒すことが前提にされていないタイプの奴だ」

トラヒコの言葉に、ライムが「上噛み様とか、王鬼とか、だね」と補足する。

「しかし、この世界には3、4年前まではそんな奴は存在しなかった。つまり外での3、4か月前に、外の世界から入り込んだ可能性が高い。俺たちが4人とも入ることが出来たんだから、その存在は冒険者じゃない。つまり、別の冒険譚から高レベルの魔物が入り込んだのかもしれない・・・しかし確かに妙だよな、そんな魔物は見つかっていないどころか、被害すら出ていない・・・」

トラヒコがぶつぶつと言うのを聞きながら、一行は先をゆくコーンの後に続く。

 妖精の国に戻ると、妖精たちがおそるおそるこちらを眺めていたが、鱗人がコーンだと分かるとぱっと明るい顔になり、喜んで近づいてきた。ライムたちも歓迎される。昨日の妖精の少女がネガの元へ駆け寄ってくると、足元に屈んでネガの靴の寸法を測っているようだ。

「ねっ!」

にっこりと笑うと、少女はまた駆け出してゆく。ライムたちのそばをビッグフットが横切るが、もう警戒はされていないらしい。鍛冶道具を担いで歩く寡黙なドワーフたちとすれ違う時も、こちらをじっとみつめられたが特に文句は言われなかった。


 「で、僕たちはこの世界で、何をすればいいんだろう」

宿の1室に集まる4人。ライムがぽつりと呟く。

「外から来た僕たちが介入して、何かいいことがあるかな。前に、トウタさんたちの味方をして鬼と対峙した時は、人間の側につく覚悟を決めることでメリットがあったけれど・・・この世界は、僕たちが余計なことをしなくたって、コーンみたいな人たちが解決していくんじゃないかな」

「でも、今回だって、妖精の国で悪さをしてる人たちを懲らしめるとか、うーん、それが単純だって言うなら、そんな人が入って来れないようにするとかさ。今、困ってる人たちのために、うちらも何か協力できる気がするんだけど・・・」

ユウヒも真剣な表情だ。

「きっと、種族で一括りにしないでその人を見て、とかいうのは、この国の人たちは分かりきっていると思うっす。妖精が受け入れても、この国で暮らす他の種族の中には鱗人自体をよく思わない人たちもいるとは思うっすけど・・・現実的に、鱗人のせいで治安が悪くなっているのは確かみたいっすから。それでも、おいらたちが考えるようなことは、もうこの国の人たちは考えてると思うし、やってると思うっす」

ネガも鳥の巣頭を指でくるくるとしながら、天井を見つめる。トラヒコは腕組みをして目を閉じたまま、何も言わない。完結の方針についてなのか、それともこの世界に紛れ込んだであろう不気味な存在についてなのか、頭の中を整理しているのだろう。

「何をするにしても、この世界のことをもっと知らないと。妖精の国の中も外も、まだ僕たちは調べが足りないね」

ライムが立ち上がる。静かな夜だ。


 翌朝。ライムたちを宿まで送ってくれたビッグフッドが、遺体で発見された。複数人の鱗人による犯行だった。

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