73.荒らされた妖精の国②
霧の中で顔を見合わせる4人。
「とりあえず、あらすじによるとこの霧の森・・・妖精の国の近くだとは思うんだけど」
ライムが周囲を見渡す。といっても、霧のせいで状況が分かるほどの視界ではない。
「霧の中じゃ、炎で照らすと余計に見えにくくなるかも?」
ユウヒの言葉に、トラヒコが「ほう」と大袈裟に感心したような顔をする。
「お前にしちゃ、よく分かってるじゃないか。流石に炎に関しちゃ勉強してるか」
ユウヒは「なに、偉そうに」と膨れながらも満更ではなさそうだ。
その時。突然、地面が飛び石のように点々と光り、道を示す。驚いたネガが軽く飛び退いた時、バリっと音がした。靴裏が剥がれかけている。
「ああ、やっぱり買いかえておけばよかったっすね・・・」
「そういえば、ネガ、冒険の前に靴を買いたいって言ってたよね」
溜息をつくネガの靴を屈みこんで様子を見ながら、ライムは羊鳥竜の騒動が起きる前の会話を思い出した。屈みこんだ位置から、飛び石状の光が示す先を見つめる。
「そういえば、うち、クレープ食べ損ねてた・・・」
ユウヒも思い出したように、頭を抱える。トラヒコが鼻で笑い、光の飛び石が続く方へと踏み出した。
しばらく、無言で進む4人。霧の中、ネガの剝がれかけた靴底が、パカッパカッと音を立てる。ライムがネガを気遣うように振り返ろうとしたその時、向こう側から何者かの声がした。話し声だ。トラヒコが刀をさり気なく具現化するが、まだ敵意を出してはいない。ユウヒとネガは、ライムとトラヒコの後ろに入る。向こうから段々と近づいてくる声の主たちは、急に霧の中から姿を現した。熊が服を着て、喋っている。
「あん?見かけない種族だな。あんたら、観光か?なら、運が悪かったな。ここんところ鱗人の奴らが悪ノリし過ぎたせいで、自警団のビッグフットたちが取り締まりを厳しくしてる。あんまり楽しめないぜ」
口調は乱暴だが、親切にそう言うと、服を着た大きな熊たちはライムたちが来た道へ去って行った。
「いわゆる、獣人って奴か?冒険譚によっては、そういう種族が関わる話もあるらしい」
トラヒコが刀を収納する。ユウヒが、ほっとしたように息を吐き、「じゃあ、今の熊さんたちは、熊人?」と首を傾げた。
さらに光の飛び石を辿って行く。ついに最後の光に着くと、ぱっと、霧が晴れるのは一瞬のことであった。巨大な木々に囲まれた、可愛らしい形をした家々。木々の上にも、何やら建築物が見える。妖精の姿を期待したところ、現れたのは毛むくじゃらの巨体であった。先程の熊人よりも更に大きい。顔には、不思議な模様の描かれた面をしていて、表情がわからない。
「オマエたち、入国リユウは?」
発音が独特だ。4人が顔を見合わせる。そして。
「旅をしていたら、道に迷ってしまって・・・」
ライムがそう言うと、トラヒコも進み出る。
「ああ、地面の光を辿ってきたらここに着いたんだ、もしよかったら今夜だけでも滞在させてもらいたいんだが」
トラヒコがライムに合わせる。そして、ネガの靴を指さし、「こいつの靴も、壊れちまったんだ、頼むよ」と付け加える。
毛むくじゃらの巨体が片手を大きく挙げると、すぐに同じ種族と思われる2人が現れた。やはり、面をしている。3人で、顔をつき合わせて何やら話し合っているようだ。
「ね、ねえ、今回も結局、この世界の外から来たこと言わない感じかな」
ユウヒが小声で囁くと、ネガが「そうっすね、結局トウタさん以外に言う機会はこれまでもなかったっすけど、今回も・・・」と囁き返す。
「入国の理由を聞かれたんだ、それ以外のことは答えなくていい」
トラヒコの言葉に、ライムも頷く。
「うん。この状況だと、余計に怪しまれそうだからね。それに、あんまり嘘の理由を言ってもボロが出そうだから・・・」
毛むくじゃら3人の話し合いが終わったようで、こちらに面をつけた顔が向く。その時であった。何かを蹴り飛ばしたような大きな音が響いた。そちらを振り向くと、全身が鱗で覆われた、爬虫類のような種族が疾走してくる。その後を、人間で言うと5,6歳くらいの身の丈で、必死に後を追う少女。背中に小さな羽がある。目に涙を溜め、手を伸ばしながら駆けているのに、声を出さない。後から、同じくらいの身の丈の、やはり小さな羽を生やした種族が爬虫類種族を止めようと駆け寄ってくる。毛むくじゃら種族の3人が一斉に動き、爬虫類種族を取り押さえようとするが、素早い身のこなしで跳びあがって頭上を越えられてしまう。落下先にいたネガは慌てて飛び退こうとするが、剥がれかけた靴底が地面に引っ掛かり、尻もちをついてしまう。ネガに覆いかぶさるように落下した爬虫類種族は、何やら聞き慣れない言語を罵倒するようにネガへぶつけると、走り去ろうとする。追いかけていた少女は、大粒の涙を流し俯いた。
「くっ、おいらには謝らないでいいっすけど、なんだかあの子は可哀そうっすよ!」
ネガが尻もちをついたまま、数歩先に駆け出した爬虫類種族へ向かって手のひらを向けると、数式が展開し、爬虫類種族のふくらはぎ辺りが赤く光った。その途端、爬虫類種族が何かに躓いたようにして転がる。そこに、毛むくじゃら3人が覆いかぶさるようにして取り押さえた。
「今の、なに?」
ユウヒがぽかんと口を開けて、自然とネガに拍手する。ライムも一緒になって拍手をし、「新しい魔法?凄いよ」と称える。
「ベア渓谷で羊鳥竜と戦闘になった時、みんなが戦ってる間、おいらは手持無沙汰になったっす。だから、何か出来ることをと思って・・・。遠隔で、筋肉の動きや魔力の流れを制御する魔法、行動阻害魔法っすね。届く範囲は狭いんで、あいつが遠くまで逃げる前でよかったっす」
ネガが鳥の巣頭を掻き、ズレたメガネをなおす。
いつの間にか、ネガの隣に、先程の少女がきていた。やはり、声は出さない。集まってきた少女と同じ種族であろう人々も、無言のまま笑顔で、万歳のような仕草をしている。少女はネガの手を握り、ぶんぶんと嬉しそうに振ると、靴底が今や大きく剥がれたネガの靴を見て、指さした。
「ねっ!」
初めて少女が発した言葉はそれだけであったが、不思議とネガは何を言いたいのか分かったような気がした。それは、ライムたちも同じであった。
「あ、それは嬉しいっすけど・・・この子、おいらの靴を作ってくれるって、言ってるっすよね?」
ネガが自信なさげに3人を振り返る。
「うん、僕もそういうふうに、聞こえた」
ライムが返すと、ネガは安心したように少女へ向き直り、「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えるっす」と返した。少女は満面の笑みで飛び跳ねる。
毛むくじゃらの種族が、爬虫類種族から取り返したのであろう、革製のポシェットを少女へ渡す。少女は中身を確かめ、ほっと脱力したような表情をした。こちらまで癒されるような、安心しきった顔だ。
「オマエたち、妖精にミトめられタ。入ってヨし」
初めにライムたちへ声を掛けた毛むくじゃらが、ライムたちを見下ろすように述べた。
毛むくじゃらは、宿へ案内もしてくれた。しかし、道中にライムたちが色々と質問をしても、返答は全くなかった。ライムたちは諦めて、妖精の国の様子をよく見ることにした。人間の子どもと同じくらいの身の丈、背中に小さな羽が生えているのが妖精。それと同じくらいの身の丈だが妖精よりは随分とずんぐりむっくりとした種族が、至るところで鍛冶仕事をしている。ライムたちを案内する毛むくじゃら種族も多く、辺りを警戒するようにして歩いている。ちらほらと、様々な動物の姿をした獣人の姿もあり、一目で観光客と分かる者もいるが、露骨に毛むくじゃら種族に警戒されて居心地が悪そうだ。
宿に到着すると、毛むくじゃらは不思議な面をした顔でこちらをじっと、見ているような様子であったが、やがて背を向けて去って行った。
「おや、あんたたち、見かけない種族だねえ。あたいと同じ類かい?」
4人は振り返ると、ぎょっとした。受付の横に置かれた水盆から水が生きているように立ち上り、こちらへ喋りかけている。こちらを向いていると分かるのは、水に口が浮かび上がって、笑いかけているからだ。
「お互い、珍しい種族だと苦労もするよねえ。あたいの種族は、もうほとんど滅んじまったけどさ。あたいも長くはないんだ、もう30年ももたないだろう。最期はあたいが1番好きな妖精の国で迎えようって決めてんだよ」
水が、老婆の形を作る。
「それで、あんたたち、何か聞きたそうな顔してるねえ」
ライムたちは、ゆっくりと顔を見合わせ、ライムが愛想笑いで水の老婆に頷いた。
水の老婆曰く。妖精の国がアルバトロスという旅人の手記で世に知られるようになってから、訪れる者が増えていったという。はじめは、訪れる者たちも妖精たちに敬意を表していた。各種族の学者や知識人が大半で、倫理観も高かったのだ。その後、一般の観光客が少しずつ入ってくるようになる。妖精たちの親切なもてなしに、観光客たちも穏やかな気持ちになった。妖精たちはほとんど言葉を発しないが、背中の小さな羽からはとても美しい音色を出すことができ、その音を聞いた者はみな感動し、この場所を大切にしたいと自然に思いが湧くのであった。
しかし、段々と訪れる者が増えるなかで、あまり教養のない者たちの姿も目立ってきた。彼らは傲慢な振舞いをすることもあり、そういった行為になれていない妖精たちは怖がってしまう。それを良しとしない種族もおり、ビッグフット・・・毛むくじゃらの巨体で面をつけた種族が妖精の国に定住し、自警団を形成した。ビッグフットは、遥か昔から妖精の国と交流のある数少ない種族であった。もう1種族、ドワーフ・・・ずんぐりむっくりとした鍛冶仕事が得意な種族の中にも、妖精の国へ定住し仕事を始める者たちがいた。
時は流れて、現在。観光客の問題行為や犯罪がある一方で、様々な種族が訪れることにより文化も発展した妖精の国。また、ビッグフットやドワーフだけでなく、言葉が巧みだったり力仕事が得意だったりする獣人たちが妖精たちの仕事を手伝ったり、今や妖精の国は妖精だけでは成り立たなくなりつつある。穏やかな妖精たちも、迷惑な客人にはオロオロとするが、友好的な客人には親切であり、この状況を変えようとは思っていない様子。そんな中、ここ数年、鱗人という爬虫類型の種族が妖精の国へ現れるようになった。彼らは傍若無人で、略奪も当たり前のように行うような蛮族だった。妖精たちが強く反撃しないのをいいことに、好き勝手な振舞いをし、集団で妖精の国に住み着いてしまった。これまである程度の一線は越えなかった他種族の迷惑者たちも、つられてその線を越えるようになってきた。それが、まさに今、妖精の国で起きていることである。
「久しぶりに話したら、疲れたよ。あんたら、宿の予約はあんのかい?まあ、この宿ならあたいが貸し切りで使ってるようなもんだからね。他の宿は予約なしで入れるなんてないんだけれど、ここはあたいの昔からの知り合いがやってる宿だから、融通が利くんだ。ビッグフットもそれを知ってて、ここに案内したんだろう」
水の老婆はあくびをすると、軽くこちらに手を振り、ちゃぽんと水盆に戻った。おそるおそるライムが覗き込むと、ただ水が溜まっているだけのように見えた。すると突然、また水が立ち上がり、口が現れると、「そこに泊まる人数と名前書いとけばいいからねえ」と、受付に置かれた紙を示した。
宿の2階にあがると、質素だが落ち着きのある部屋がいくつかあった。そのうちの1つに入り、ベッドへ腰を下ろす。
「今のところ、特に異変の手掛かりはなさそうだね。妖精の国で、僕たちが何をすればいいのかも、まだ分からないし・・・」
ライムが首を捻る。
「そりゃ、妖精の国で好き勝手してる悪い観光客を、なんとかするんじゃない?」
ユウヒが言うと、トラヒコが鼻で笑う。「何がおかしいのよ」と噛みつくユウヒを制しながら、トラヒコがライムに言葉を返す。
「冒険譚から出てきた魔物、羊鳥竜の姿もないしな。異変が起きているのは、妖精の国じゃないのかもしれない。モッチさんが言ってたが、完結と関係ないところに異変があるなら、俺たちはこの冒険譚の完結と、異変の手掛かり捜索を同時に行うことになる。完結については、こいつが言うような、簡単な話じゃ済まないだろう。もちろん、この国には関わらず、さっさと出国しましたって完結があってもいいだろうがな」
トラヒコの言葉に、ユウヒは頬を膨らませて「簡単で悪かったですね~」と拗ねる。
「でも、その感じで出国しても、なんとなく完結にはならなそうっすよね。おいら、思うんすけど、完結の基準って冒険者全員が心から納得しているかどうかな気がするんすよね、なんとなく」
ネガの言葉に、ライムが感心したような顔になる。
「うん、確かに。僕も、これまでの冒険を振り返ってみて、そんな気がしてきた」
トラヒコも、「ほう」と今回は本当に感心したような表情を見せる。
「でしょ、じゃあ、うちはさっさと出国するのは反対だから、完結できませんでした、ざんね~ん」
ユウヒがトラヒコをからかう。
「それに、おいら・・・靴作って貰うことになってるっすもんね」
ネガが鳥の巣頭を掻き、笑った。
遠くで綺麗な音がした。心が振り向くような音だった。これが妖精の羽音だろうか。




