72.荒らされた妖精の国①
ギルドの広間に提灯が浮かび始めた。でんえんでの調理も再開して、広間にも美味しそうな匂いが漂ってくる。職人たちと一緒に階段の修復作業を手伝っていたルンポたち中年冒険者が、また理由をつけて宴を開こうとし、ハクビに「あんたたち、それどころじゃないでしょうよ!」と睨まれる。「ま、まあ、階段もまだ直ってないしな・・・」と頭を掻くルンポも、ハクビの手のひらからパリパリと音を立てて氷が現れたのを見て、慌てて首を振った。
「ああ、そうだとも。あの冒険譚を、あいつらが完結させてくれるまでは、宴はお預けだな!」
ルンポの視線の先には、今回の騒動のきっかけ、羊鳥竜が出現した冒険譚を囲む、ライムたち。マスターとモカが真剣な顔で打ち合わせをした後、モカがライムたちのもとへ戻る。
「皆さん、もう1度確認いたします。こちらの冒険譚について、ジャンベ鑑定士による鑑定ではCランク、ショウノジン様の再鑑定でも同様にCランクとなっております。内部に何か異変が起きている可能性が高く、危険も未知数です。いつも以上にご注意を。皆さんが撤退された場合、すぐにB級冒険者の皆さんが冒険譚へ入ることになっています」
先程、ギルドに到着した、リキとミツカ。それに、モッチも。
「皆、気を付けて行ってくるんだぞ!後ろに我々が控えていることも覚えておいてくれい!」
リキが大声で励ます。ミツカも優しく微笑み、「まあ、あなたたちが完結させてくれることを信じているんだけどね。でも、無理はしないで」と付け加える。モッチは無言でライムたちを見つめていたが、誰にともなく呟いた。
「魔物が逃げていた何か、敵かどうかわからないけど、完結とは関係ない存在かもしれない」
全員がモッチを見つめる。
「もともと、この冒険譚の中の存在なら、これまでだって魔物が逃げ出してきていたと思う。もしも最近になって紛れ込んだ異物が原因なら・・・ここのところ、色々な場所で魔物が大量出現している理由を知る鍵になるかもしれない」
頷く、ライムたち。
モカが冒険譚の表紙を捲ると、白紙のページが現れる。ジャンベもそれを確認し、ライムたち4人に「ボク、待ってます。どうかご無事で」と声を掛けると、こちらを向いたまま数歩下がった。
「うん、大丈夫。行ってくるね」
ライムが笑顔でジャンベをみつめる。トラヒコは腕組みをして頷く。ユウヒは、ジャンベだけでなく、広間に残っている大勢のギルドのメンバーに手を振った。ネガは靴紐を結び、随分とボロボロになった靴を見て顔をしかめ、「やっぱり靴、買っておいた方がよかったっすかね・・・」と呟いた。
冒険譚の白紙の上に、手を重ねる4人。モカが、真剣な表情で4人に向かい合う。
「毎度のことですが、今回は特にです。危険を感じたらすぐに脱出してください。命ある限り、冒険に失敗はありません」
モカの言葉に、トラヒコが返す。
「いや、今回は脱出したらB級の先輩方に手柄は取られちまう。失敗は失敗だ。まあ、死ぬよりはましだがな」
ユウヒが噛みつく。
「ちょっと、そんなこと言ってる場合?うちはもう、異変の手がかりさえ見つけたら脱出してもいいくらいなんだけど」
ユウヒの言葉にネガも頷く。
「僕たちでやれるところまで、やってみます。僕たちじゃ難しいと分かれば、撤退します。その時は・・・」
ライムは後ろを振り返り、リキやミツカ、モッチに力強く視線を送る。
「皆さんの実力は十分に分かっています。だからこそ、どうかその力を大切に。これからも、ますます磨かれていく力なのですから」
モカの言葉に、今度はトラヒコも目を閉じて頷いた。
「では、皆さん、いってらっしゃいませ」
モカが表紙を閉じて4人の手を挟み込むようにした。
この感覚は、いつも通りだ。違和感はない。揺れて、揺れて、ぼやけて、ぼやけて、それが徐々に徐々に収まってきて・・・。
目を開くとそこは、濃い霧のかかった森の中だった。
木々が、驚くほどに大きい。霧のせいで、樹冠が見えない程である。一同はジャンベの教えてくれたあらすじを思い出す。
「妖精の国はかつて、深い霧の森で守られている未知の場所だった。妖精たちはそこで、独自の文化を築いていた。稀に、外界から他の種族が妖精の国へ迷い込むことがあった。妖精たちは遠巻きに観察し、危害を加えられなければ親切で、不思議な文化や美味しい食事でもてなした。そこから無事に帰った者たちは、あの森を無暗に荒らしてはならぬと決意した。しかし、今や妖精の国の存在を知る者が増えすぎた。訪れる者がみな、謙虚に振舞うわけではなかった。傍若無人な振舞いをし、あろうことか妖精を捕獲したり、文化を荒らしたりする者まで現れた。かつての神聖な地は、見るも無残になり果てた」




