70.ルンポのやり方
珍しく寝坊したトラヒコがギルドの広間に顔を出すと、既にライム、ユウヒ、ネガはいつもの掲示板前の席で談笑していた。笑いを提供しているのは、ルンポら万年D級中年冒険者たちである。
「トラヒコ、おはよう。ゆっくり休めた?」
声をかけるライムに頷き、隣に座りながら、話しに加わるトラヒコ。
「今、ルンポさんたちの冒険について聞いてたんだ。面白いよ」
ライムはそう言いながら、思い出し笑いをする。ネガもメガネを上にあげて目を擦り笑っているし、ユウヒも腹を抱えて「笑い過ぎて、苦しい」と、脚をバタバタさせている。
「ほう、俺も気になるな。ルンポのおっさんたちがどうやってDランクを完結させてんのか。まさかシンさん頼みって訳でもないんだろうし」
トラヒコの皮肉に、ルンポは「そりゃそうだ」と酒をあおって、反論した。
「いくら俺らが飲んだくれの万年D級だからって、舐めちゃいけねえ。俺らだってシンの力を借りなくとも、ちゃんとやれるんだ。なあ?」
ルンポの言葉に、他の中年冒険者たちがドッと笑う。そして、「ちゃんと、かどうかは分からねえけどな」と突っ込みを入れられる。
「よし、いいか、教えてやろう。ルンポのやり方ってやつを」
ルンポたち中年冒険者たちは、でんえんの報酬払いが滞ってくるとハクビに尻を叩かれ、渋々本探しに出向く。なるべく、日帰りで、安全に、手っ取り早くDランク程度の冒険譚を拾ってきては、鑑定士のもとへ持っていく。Dランクの鑑定が出て、あらすじを読むと、拾得物が報酬に反映されそうだったり、あまり危険がなさそうだったりする冒険譚に絞って、冒険に出るのである。
「あんたらなあ・・・。なんで冒険者を続けてんだよ」
トラヒコが呆れたように溜息をつくと、ルンポは顔の前で大きく手を振った。
「そりゃ、言っちゃいけねえ。俺らが今更、他の仕事なんて出来ると思うか?そりゃあな、若い頃は冒険に燃えてたんだぜ。訓練だって必死でやったさ。でもなあ、よく考えてみろ。お前たちはこの1,2年で、俺らの30年を遥かに凌ぐ強さになってるんだぜ?お前らだけじゃない、A級やB級の化け物たち、それに、シンだってそうだが、そんな奴らが周りにいてみろ。俺らは俺らのやり方で冒険しようって気にもなるだろうよ」
「それで、ルンポさんのやり方って?楽そうな冒険譚を選ぶだけじゃないんでしょ?」
ユウヒが身を乗り出す。ネガも興味深げだ。2人とも、出来ることなら安全な冒険がしたいという思いは共通している。
「よく聞いてくれた、ユウヒちゃん。じゃあ、とっておきの、俺のやり方を教えよう」
ルンポたち中年冒険者が拾ってきた冒険譚の中に、鑑定の結果、「大富豪のお宝を狙う盗賊団を捕える」といった内容のものがあった。お宝、これを拾得物として持ち帰れば、と浮足立った。
いざ本の中に入ってみると、大富豪の依頼を受けてお宝の護衛をしていたにも関わらず、盗賊団の余りの強さにあえなく敗走。一旦、現実世界へと逃げ出した。
「まあ、いつもモカちゃんが言ってるだろ?命ある限り、ってな。まあ、その時はまだモカちゃんはいなかったか」
受付のモカと目があったルンポがウィンクすると、モカは愛想笑いで返した。
ルンポたちは1か月程様子をみて、改めて本の中へと入った。本の中では約1年程経過している。盗賊団へ奇襲をかけようと情報を集めるため富豪のもとへと向かうと、なんと富豪の付き人たちから追い回され、自警団にも捕えられそうになった。どうやら本の中の1年間で、盗賊団の策略でルンポたちがお宝を盗んだ真の盗賊団だということにされてしまい、賞金首になっていたらしい。
「でも、実際に宝を外の世界に持ち出そうとしてたのは本当っすもんね」
ネガがぼそっと突っ込み、トラヒコが鼻で笑う。
ルンポたちはまた本の外へ出た。念のためもう1度鑑定をしてもらうと、「盗賊団の汚名を着せられた一行がどう立ち回るのか」といった内容にあらすじが変わっていた。その後も、他の冒険譚を完結させながら、この本には出入りして中の様子を探っていた。1度目に護衛としてお宝へ近づいた時、沢山の宝石や装飾品に紛れて不思議な楽器があったのを覚えていた。持ち帰って、仕組みがわかれば、外の世界でも流行るかもしれない。そうすれば、はじめの1つを持ち帰ったルンポたちにも定期的に何割か収益が入り、一攫千金も夢ではないし、今後の生活にも困らない、でんえんで毎日食って飲んでしていられる・・・かもしれない。
「で、まさかそれを持ち出して、今はこうして悠々自適ってわけじゃないよな?」
トラヒコが軽蔑したように言うと、ルンポは指を横に振って、ちっちっち、と舌を鳴らした。
今度は、現実世界で1年程、様子を見た。本の中では約12年が過ぎていた。盗賊団はお宝を元手に格闘技団体を立ち上げ、ビジネスに転じていた。更生した元盗賊団が、悪事に手を染めたり染めそうになっている若者を集め、格闘技に集中させる。その物語性が、本の中では熱狂的な盛り上がりを見せていた。一方で、富豪は没落。ルンポたちがおそるおそる会いに行き、誤解は解けたが、今度は「なんとかあの楽器だけは取り返したい」と切実に頼まれた。富豪いわく、お宝の大半は富豪自身が悪事に手を染めてかき集めたものであり、盗まれたのも自業自得であったかもしれないが、あの楽器だけは違うのだと。ルンポたちもその楽器が目当てであるので、格闘技団体に潜入。今や経営者となった元盗賊団のお頭に啖呵を切ったが、若い格闘家たちに取り押さえられそうになり、必死で抵抗。結局、楽器は既に売られていて、富豪は悲しみにくれる。元盗賊団もそれを哀れみ、紆余曲折あって、大掛かりな楽器捜索が開始。楽器は小さな町の小学校に置かれていたことがわかり、富豪と楽器が再会。富豪はかつて、その楽器の奏者として右に出る者がいない程の腕前であったとのこと。没落してからは細々と活動を再開していたが、相棒の出す音に固執し、鳴かず飛ばずであったのだ。そして、校庭に鳴り響く音楽。感動する一同。
「それで、富豪だった男は、元盗賊団の男たちと手を取り合い、格闘技イベントと音楽イベントを定期的に同時開催することにしたってわけだ。それが大盛況。俺たちも、そんな大事な楽器を持ち出しちまうところだったと反省したが、同じ種類の楽器をプレゼントされて、こっちに戻って来たってわけだ」
ルンポがもっともらしい顔でまとめるが、聴衆はほとんど飽きてきたところであった。
「で、ルンポさん、その楽器持ち帰ったんでしょ?じゃあ今は収益で潤ってるとか?」
ユウヒが目を輝かせるが、ルンポは曖昧に笑い、中年冒険者同士で顔を見合わせる。
「それが、なあ・・・。別に楽器に限ったことじゃないが、冒険譚から持ち出したものが量産されたとしても、持ち出した張本人には期待していたようには金が入ってこなくてな・・・。山分けして使ったら、数か月で無くなっちまった・・・」
ユウヒが「なあんだ」と苦笑し、ネガも「そんなうまい話はないんすね」と椅子にもたれかかり天井を見上げる。
「でも、ルンポさんのやり方で凄いなと思ったのは、同じ冒険譚を時間をかけて攻略する発想というか・・・。冒険者が入っていない間も、冒険譚の時間が流れていくっていうことをご存知だったんですね」
ライムが感心すると、ルンポがぱちんと指を鳴らす。
「そうだろう?このやり方は、何度も試したからな。ある時は、敵が強すぎたからやっぱり数年様子をみて、敵が年老いてきた頃に挑みかかったりな。ただ、その敵の子どもたちが出てきて、余計に大変な目にあったりもしたが・・・。この、何度も本を出入りして機会を伺うっていう発想は、シンもげらげら笑いながら認めざるを得なかったんだぜ」
周りの中年冒険者たちが、でんえんの方へ酒のおかわりを取りに行く。黙ってルンポとライムたちとのやり取りを眺めていたトラヒコが、不意に口を開く。
「ところで、シンさんはいつ頃このギルドに来たんだ?あんたらよりも古株なのか?」
ルンポは、記憶を辿るように顎を触る。
「どうだったかな。ギルドに入ったのは、ほとんど同時だったような気がするな。もう30年以上前のことだ。俺はこの街出身だから、あいつが街にやって来た時のことは覚えてるぞ。今よりも、外国人が珍しかったからな。シンと、もう1人、聡明そうな男が一緒だった。シンはうちのマスターと意気投合してここに居着いたが、もう1人はいつの間にか街を出ていたな」
ライムも、ユウヒもネガも、俄然興味深々になった。
「その頃のシンさん、どんな感じだった?」
「マスターたちとどんな冒険をしてたか、気になるっす」
「シンさんと一緒にいた男の人、名前とか分かりませんか?」
トラヒコも、先程とは打って変わって、真剣な顔でルンポを見る。ルンポは、周りを見渡し、4人に顔を近づけると、声を潜めた。
「おい、お前たち、シンが本当はどんな奴かもう知ってるのか?」
頷く一同。「本当は凄く強いんだろうな、ということは。A級・・・よりも」とライム。ルンポはもう1度周りを見渡して、口を開いた。
「どこまで知ってるのかは聞かねえぞ。俺が知ってるのは、シンがS級冒険者で、マスターやハクビちゃんや、町医者のジームドンク先生たちと冒険してたってこと。どんな冒険か・・・そりゃ、凄い冒険なんだろうなとは思うが、俺はよく知らない。あと、その頃のシンはめちゃくちゃ・・・今じゃ考えられないだろうが、戦闘狂っていうか、戦いに飢えてる感じだったな。キレたらマスターくらいしか止められる奴はいない。シンと一緒に来た男の名前は・・・確か・・・」
「ヒイラギ」
トラヒコが呟く。ライムとネガが勢いよくトラヒコへ振り向き、ユウヒは一瞬ぽかんとした表情であったが、突然はっとした。
「ああ、そうそう、そんな名前だったような・・・って、なんで知ってんだ?」
驚くルンポをよそにトラヒコはすくっと席を立つと、「俺らも飯にしようぜ」と3人に声をかけた。酒のおかわりを持って戻ってきた中年冒険者たちと入れ替わるように、でんえんへ顔を出す。
「シンさん、昔はそんな感じだったんだ・・・ギャップでちょっとキュンかも」
でんえんで食事を注文し、大広間に戻る4人。ユウヒの言葉に苦笑しながら、ネガが「それよりも、気がついたっすよね?」と向ける。
「うん。ヒイラギ。あの英雄の手記にあった名前。トラヒコは、シンさんとその人の関係をもう知っているの?」
ライムの言葉に、トラヒコが頷く。
「ブジンカへ行った時にな。シン・・・シンリュウさんと、ヒイラギって奴は15歳の頃、一緒にブジンカを出国したらしい。そしてそのヒイラギって奴は、20年くらい前には既にメイン・ストーリーやら、プロローグ・・・きっとエピローグのことも、探っているようだった。つまり・・・」
トラヒコが、ライム、ユウヒ、ネガの顔を順にみる。
「シンさんに、聞いてみよう。ヒイラギっていう人のこと」
ライムの言葉に、一同、頷いた。




