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69.トラヒコの過去

 トラヒコが10歳になった年の冬のある日。トラヒコは父の背中を追うように、母の足音に追われるように、前後から両親に挟まれるような形で、冒険者ギルド「竜の筆」へ連れてこられた。今にも泣きそうになりながら、歯を食いしばって涙を堪えていた。

 ギルドの門をくぐりドアの前で、父は射抜くような目でトラヒコの顔をみつめ、母は「健康に気をつけなさい」と淡々とした声をかけ、トラヒコを残して去って行った。



 父は厳しかった。トラヒコが5歳になる頃には戦いの基礎を学ばせ始めた。8歳になる頃には組手、各種武器の扱い、襲撃に備えた防衛、野山に隠れ駆けまわる実践形式の訓練などが始まった。トラヒコは必死にそれらを乗り越えたが、父は自分に満足していないと思っていた。10歳になるまでの間、父には一太刀も入れられないどころか、表情すら変えさせることが出来なかった。褒められたことなど、1度もなかった。

 母も厳しかった。しかし、父の厳しさとはまた違っていた。トラヒコが間違ったことを言えば、全て理詰めで反論された。ぐうの音も出ない程であった。母はトラヒコに勉学を強制したことはなかったが、トラヒコが質問をすると、「そんなこともわからないの」と冷たい目で返し、面倒そうに正答の走り書きを渡した。

 父は、トラヒコが厳しい訓練の後で食が進まずにいても、「残すな」と最後まで監視していた。怪我をしても自分で止血をしたり包帯を巻いたりするよう突き放した。暑い日にはトラヒコを湖へ放り込み、寒い日にはひたすらに山道を走らせた。

 母は、トラヒコの健康状態や発達状況を逐一確認していた。父からは「まるで観察だな」と言われる程であった。時折、難問を提示してトラヒコに考えさせた。トラヒコの言動に対して淡々と指導をしつつ、「異論があればどうぞ」と冷たい目でみつめた。異論など全く思いつかなかった。


 トラヒコがギルドに預けられる3日前、寝ていたトラヒコがトイレに起きた際、父母が話し合っている声が聞こえた。「あれの秘密に向き合う者同士は、離れていた方が身軽になる。あいつもその方が、安全・・・」という父の言葉。そして、父はきっとトラヒコの気配に気がついたのだろう、言葉を切って席を立つ音がした。トラヒコは慌てて寝室へ駆け込み、ベッドに飛び込んだ。父が後を追ってくることはなかった。

 翌日、父母が離婚をすること、トラヒコはライオンタウンで1番の強豪ギルドである「竜の筆」に預けること、を告げられた。トラヒコは、寂しさというよりも、悔しさを感じた。父からも、母からも、認めてもらえるような成果を上げることが出来なかった。父が求めるように力を得られず、母が求めるように知性も得られなかった。だから、どちらについて行くことも出来ないのだ、と。



 ギルドのドアが開いた。俯いて立ち尽くすトラヒコの目線に合わせるように、輝く金髪の男が片膝をついた。

「こんにちは。私は、このギルド竜の筆のマスター、エレンドだ。君は?」

「トラヒコ・・・です」

「そうか。トラヒコ、もしよかったら、ギルドで食事でもしていってはどうかな。腹が減っていなければ、2階には本も沢山ある。身体を動かしたければ、訓練場だってある。是非・・・」

「あの、ここに置いてください」

エレンドは、トラヒコの目をじっと見つめた。トラヒコの目から、涙が溢れる。

「俺を、ギルドに入れてください。もっと、強くなりたい。もっと、強くなりたい、です」

トラヒコの言葉に、エレンドは大きく頷いた。

「歓迎するよ」


 それからは、竜の筆のメンバーがトラヒコの家族となった。マスターであるエレンドが親代わりであった。トラヒコがなかなか武器を決められずにいた時には、マスターの部屋の机に置かれた「盾、刀、杖、腕輪」の中からどれかを選ぶといいと言われた。迷いに迷って、刀を選んだトラヒコであったが、マスターは「やはり。そうだと思っていたよ」と笑っていた。そういえば、あの後。広間でシン・・・シンリュウが、「刀を選んでくれたのか、嬉しいねえ、お揃いだよ」と酔っぱらいながら声を掛けてきた。今ならわかる。あれは、竜の筆のS級パーティーの武器と同じだったのだ。


 トラヒコがギルドに預けられてしばらくして、父は国軍、母は国立研究機関、それぞれの上層部に就任したと聞いた。父母は何かを追いかけているようで、それにはトラヒコが邪魔になったのだろうか。それとも・・・。心のどこかでは、自分を守るために遠ざけたのではないか、という微かな信じたい気持ちもあった。


 月日は過ぎ、トラヒコは15歳になろうとしていた。日々強くなるために必死で、時には無謀な相手にも挑みかかり、跳ね返されていた。若手冒険者はいたが、皆トラヒコよりも歳は上だった。余計に、子ども扱いされたくはなかった。

 数か月前に、やけに明るい女がギルドへ加入した。態度も明るいが、髪の色もまるで夕焼けのように明るかった。そして最近も、髪でいうと鳥の巣のような、メガネの男が入った。回復魔法の教科書を広げていたのを見た。2人とも、トラヒコと同年代なのだろうと思ったが、全くの素人だと察し、話しかけることもなかった。強くなるために、そして、父母が探しているもの、それが「エピローグ」というものであることはもう分かっていたが、それに辿り着くためにも、時間を無駄にしている場合ではなかった。

 そして、春。訓練場から出た時に、あいつがいた。黒髪の中に明るく爽やかな緑色が混ざったような、おどおどとした態度なのに、どこか楽しそうな、いかにも冒険者に憧れています、というような奴。自身の水色の短髪をタオルで拭いているうちに、トラヒコの頭からは既にさっきの奴のことなど消えていた。

 まさかこの3人とパーティーを組むことになるなどと、トラヒコは夢にも思わなかった。

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