66.眠らない街、眠れない街⑤
地響きや廃屋の倒壊がおさまり、ネガはマティーニやミュールがもう広場から離れたかを確認しようと振り返った。そして、絶望したような声色で、ライムたちに呼びかける。
「広場から出る道が、瓦礫で完全に塞がれてるっす」
四角い広場を囲んでいた廃屋の壁や屋根や看板であったものが、山となって道を覆っている。よじ登れば乗り越えられるであろうが、カイラブンから逃げるという場面ではそんな悠長なことはしていられない。
カイラブンは何の躊躇もなく、ライムたちへ向かっての歩みを止めない。そもそも、これを戦闘だとすら思っていない様子である。まるで、店の陳列棚に並ぶ食品を手に取ろうとするがごとくである。
「おい、ネガ、ユウヒ。俺とライムがなんとかあいつを足止めする、そのうちに瓦礫を乗り越えろ」
トラヒコがそう言うと、刀を構えて風の魔力を全身に漲らせた。ライムも頷き、「うん。行って、2人とも」とネガとユウヒに微笑むと、カイラブンを見据えて腰を落として構えた。
「で、でも、あんたたち・・・」
ユウヒの言葉は続かない。ネガは、言葉すらない。足手纏いになってしまうよりも、この場から離れて助けを、そもそもコルアール国内で助けてくれる人などいないかもしれないが、なんとか助けを求める方がよいのかもしれない。
カイラブンがこちらまであと数歩に迫ったところで、トラヒコがあらゆる太刀筋で刀を振るう。格子状になった風の斬撃が飛び、続いて風を纏った刀で直に斬りつける。しかし、カイラブンの指輪が土色に光ると、カイラブンの灰色の全身が岩石のように固くなり、トラヒコの攻撃をはじき返す。
トラヒコと入れ替わるように前へ飛び出したライムが、カイラブンの懐に潜り込み、立派に張り出した腹へ拳をあてると、全身の波動を籠手へ集中させる。
「勁弾!!」
波動はカイラブンの腹へ、そして背中を突き抜けるようにして、放出された。これまで巨大な魔物や、強力な敵に対しても、ある程度のダメージを与えてきた勁弾である。武器を使用しない状態での訓練も積み、波動の扱い方にも長けてきた。ライムにも、ほんの少し、自信が生まれていたのである。しかし。
「がはっ!!」
寸でのところで籠手に波動を纏い防御をしたものの、無造作に振り抜かれたカイラブンの平手打ちで、ライムは凄まじい勢いで弾き飛ばされた。トラヒコですら、一瞬の気おくれがあった。それでもすぐに立ち直り、刀を振るう勢いのまま回転しながら跳躍し、カイラブンの首めがけて斬りつける。
「風車!!」
しかし、カイラブンの首に当たった刀はそれ以上刃が通らなかった。本当の岩石のようだ。カイラブンが不敵に笑う。振り下ろされた拳を避け、思いがけず素早く突き出された前蹴りもなんとか躱し、トラヒコはライムに声をかける。
「おい、生きてるか!?」
その声に返事をするように、ガラガラと音を立てて瓦礫を押しのけ、ライムが現れた。籠手を紫色の波動が覆っている。
「大丈夫。でも、余力を残した勁弾だと全く通じないみたいだね。全力でも、通じるかどうか・・・」
首をゴキ、ゴキと鳴らしながらこちらを見下ろすカイラブンに対峙して、ライムとトラヒコは冷や汗を流しながら必死で勝ち筋を探る。
広場から出る一本道を塞いだ瓦礫の前で、ユウヒは立ち止まった。
「ねえ、ネガ」
瓦礫に手をかけてまさによじ登ろうとしていたネガが、ずり落ちる。
「どうしたっすか?」
ユウヒは、ポケットに手を突っ込むと、思い切ったように何かを掴んで取り出した。ユウヒが差し出した手のひらの上には、深紅の実が5粒、のっている。
「これ・・・あの人が弾丸の材料にしているやつっすね。炎の・・・これ、どうしたっすか?」
「あいつが、うちのポケットに無理やり入れていったの。やっぱり、炎、だよね。あいつのこと、信じて大丈夫かな」
ユウヒが、広場の方を振り向く。カイラブンと対峙するライムとトラヒコ。劣勢だ。万が一、ユウヒやネガは逃げることが出来ても、あの2人が隙を見て逃げるのは、絶望的かもしれない。それなら。
「もしかしてそれ、食べるっすか?」
ネガが、おそるおそる、尋ねる。ユウヒはしばし手のひらにのせた実を見つめ、ネガに向き直った。
「ネガ、うちがおかしくなっちゃったら、ちゃんと治してよね」
「えっ、それは約束しかねるっす」
ユウヒはネガの返事を聞く前に、既に5つの実を口の中に放り込んでいた。
「ああ・・・約束はしかねるっすけど、でも最善は尽くすっす!」
ごくり、と実を飲み込んだユウヒは、ネガに微笑んだ。しかしすぐに、頭の中が燃えるように熱くなり、瞬時に全身の血が沸騰しているような感覚になって、意識が遠のいた。火を吐きそうだ。
ネガは、ユウヒの目が燃えているように感じた。ただでさえ炎のようなユウヒの髪が、なびくたびに炎が揺らめいているように見えた。そして。
ユウヒの全身が深紅に煌めいた。一旦収納していた杖が、ユウヒの体内からその形が分かるほどに煌々と光を放っているようだ。そのまま、勝手に杖が具現化された。そして、ユウヒの背中から、大きな炎の翼が現れた。杖から爆ぜる火花の1つ1つが、花弁のように舞う。
ユウヒが、絶叫するような表情になる。しかし、声は全く発せられない。無音の咆哮の後、ユウヒは手にした杖を頭上に掲げると、一瞬で普段の「火花 向日葵」の倍近い炎塊が夜空に現れた。そして、ライムやトラヒコの存在をまるで感じていないかのように、広場の中央へ落下させにかかる。
「ま、まずいっす!!」
ネガがユウヒの背後へ走るが、炎の翼が羽ばたくと熱風で足止めされる。それでも、「火傷は、もう慣れたっす!」とユウヒの元へ辿り着き、必死で減退魔法をユウヒにかけた。
ふっと、熱風が止む。
「ネガ、ありがと!なんかうち、ヤバいことになってない!?」
自我を取り戻した様子のユウヒ。
「おいらが、減退魔法で吸い出さないと、飲み込まれてしまうっす!ユウヒ、もともと魔力量が多いのは分かってたっすけど、あの実でさらに増大して・・・どんどん溢れてきて、吸い出してもキリがないくらいっす!」
「じゃあ、ネガ、そのままコントロールしててね。ライム!トラヒコ!」
ライムもトラヒコも、ユウヒに起きた異変に気がついてはいた。カイラブンさえ、ユウヒの姿をしげしげと眺めている。
「そこに落とすから、どいて!!」
巨大な炎の塊が、隕石のように広場へ落下する。必死で駆けてきたライムとトラヒコが、ユウヒとネガの元へ辿り着くと同時に、広場の中心へ落ちた炎塊が大爆発した。こちらへ押し寄せてきた炎の波が、ユウヒの周りで渦を巻いて杖に吸い込まれ、ライムたちには届かなかった。ユウヒが広場の中央へ歩みだし、ネガは慌てて減退魔法をかけたままそれに続く。ユウヒの杖に、炎が収束してゆく。火災が広がることもない。昼間のように明るくなった広場が、徐々にまた夜を取り戻してゆく。
焼け焦げた広場の中心に、岩の塊があった。それがボロボロと崩れ、中からカイラブンが現れる。あの大爆発にも関わらず、無傷なようだ。しかし、表情は先程に比べて、真剣なものとなっている。やっと、この状況を戦闘として捉えたようだ。
「あいつに前線を任せることになるとはな。なんだ、あの羽。炎の天使様ってか?」
トラヒコが皮肉を言うが、確実に今のユウヒの強さを認めているようだ。
「凄いよ、ユウヒ。それに、きっとネガが上手くユウヒの魔力量を調整してくれてるんだと思う。じゃあ、僕たちに出来ることは・・・」
ライムとトラヒコが顔を見合わせる。
「悔しいが、後方支援といくか。おい、お前は渾身の勁弾を放つ準備をしておけ。俺は、あのデカブツの気を逸らせる程度の大技を準備する」
トラヒコの言葉に、ライムが頷く。
「ユウヒのあの状態がどれくらいもつかわからない。急ごう」
カイラブンが、ユウヒの顔ほどもある拳を振るう。ユウヒの杖の周囲に凄まじい速度で魔法陣が展開し、拳状の炎が出現すると、カイラブンの拳を迎え撃った。さらに無数の魔法陣から同様に炎の拳が出現し、カイラブンを滅多打ちにする。しかしカイラブンも、それに合わせて恐ろしい速さで拳を突き出し、全てを打ち消した。
突然、熱風が辺りを包む。カイラブンには、ユウヒの姿が突然揺らめいて、いくつもの分身が現れたように見えた。
「火花 陽炎」
カイラブンは分身の全てに拳を振るうが、そのうちの1つを殴りつけた瞬間、蔦が絡みつくように炎が腕を上ってきた。さらに、足元に突然魔法陣が展開して、天まで届くかという火柱が上がった。
「火花 蒲公英」
不意を突かれたカイラブンではあったが、岩石を纏って身を守る。しかし、その隙を突かれて逃げられるわけにはいかないと、岩石を脱ぎ散らかすと、指輪を土色に光らせてまた地面を殴りつけた。地響きとともに、ユウヒとネガに向かって地面が一直線に隆起してゆく。気配を察したユウヒが、ネガの腕を掴んで跳びあがると、つい今しがた2人が立っていた場所が、現れた巨大な岩の棘に貫かれた。
ゆっくりと着地する、ユウヒとネガ。
「これ、飛べるわけじゃ、ないんすね」
「言わないで。うちも、空飛ぶ気満々だったんだから」
「あと、そろそろ・・・おいらの魔力が尽きるっす。減退魔法で調整が出来ないと、さっきみたいに魔力が暴走しかねないっす」
「うん、大丈夫。うちも、もう限界」
ふっと、ユウヒの背中から炎の翼が消え、ユウヒは崩れるようにして倒れ込んだ。同時に、ネガも膝をつく。その隙を、カイラブンは見逃さなかった。巨体からは想像も出来ない程、俊敏な跳躍をみせ、ユウヒとネガに迫る。
「ユウヒ!ネガ!」
ライムは、勁弾のために練り上げていた波動を、カイラブンに向けて放とうとした。しかし、トラヒコがそれを制止する。
「お前は、まだ溜め続けろ!」
トラヒコは、左腰のあたりをさっと払った。風が、トラヒコの周りを吹き抜けては戻り、やがてトラヒコの刀へと収束していく。そしてゆっくりとトラヒコが刀を抜いた。風の魔力で黄緑色に輝く刀を、トラヒコは静かに振りかぶる。
ネガが気力を振り絞り、自身の腕と脚に増強魔法をかけると、ユウヒを抱え上げてその場を飛び退いた。
「よくやった、ネガ」
そう呟くと、トラヒコは刀を真っすぐに振り下ろした。轟音と共に凄まじい勢いの風がカイラブンを襲う。
「捕まえる、やめた。お前たち、潰す」
轟々と向かい来るトラヒコの「そよ風」をみて、カイラブンは本気を出すことを決意したようだ。指輪がこれまでにない程、土色の輝きを放った。小刻みに地面が揺れる。カイラブンの全身が、岩石の鎧に包まれる。「そよ風」を受け、地面に大きな轍を作りながら後退したが、すぐに前進を始める。そしてカイラブンが宙を捏ねるように押しつぶすと、岩の塊が現れた。捏ねて、捏ねて、捏ねて、岩の砲丸となる。それを、振りかぶる。その後、投げる動作は目にも留まらぬ速さであった。大砲の弾のように迫りくる砲丸は、トラヒコの風の斬撃も弾き返しながら飛び、トラヒコは迎撃を諦めて身を躱した。カイラブンは既に先程よりも大きな砲丸を作り出していて、それを放り上げると、やはり目にも留まらぬ速さで手のひらを叩きつける。粉々になった砲丸の欠片の1つ1つが、銃弾のように四方八方へ襲い来る。トラヒコは刀で捌ききったが、ネガの悲鳴があがる。泣きそうな顔になりながらも、ネガがユウヒを守ろうと背中で受けようとする。しかし、覚悟した痛みはこなかった。
「ごめん、やっぱり、我慢できなかった」
ライムが籠手を構え、ネガとユウヒの前に立つ。溜め込んだ波動を体中に程よく流し、使い切らないようにする。大きく息を吐き出すと、ライムはカイラブンへ向かって駆け出した。カイラブンも素早く飛び出し、両者の拳がぶつかり合う。ライムの籠手が弾き返されるが、その威力を利用して回転し、カイラブンの脇腹に勁弾を放つ。放った後に動きが止まる反動を最小限にとどめ、カイラブンの反撃を潜り抜けて反対側の脇腹へ勁弾を撃ち抜く。今度は反撃がこない。カイラブンを覆っている岩石の鎧が、ほんの一部ではあるが内側から弾けるようにして砕けた。その箇所だけ、カイラブンの灰色の肌が露出する。しかし、露出した肌もまた岩石の魔法で覆われていて、攻撃を通すのは至難の業だろう。
ライムは勁弾から、通常の正拳突きに攻撃を移行する。カイラブンの攻撃を搔い潜りながら、効いているのかも分からないままに、拳を振るう。やがて、トラヒコも攻撃に参加した。
「おい、お前はもう1発、死ぬ気でデカい勁弾を放て。こいつにじゃなくて、あっちにだ」
トラヒコは刀を振るいながら、顎で示す。その先は、広場からの出口を塞ぐ瓦礫の山。
「わかった、でも、何かこの人の気を逸らせるような・・・僕たち以外の攻撃がないと・・・」
そう言いながら、それでもライムは攻撃から離脱すると、瓦礫の山に向かって走った。ネガもユウヒを背負って、這うようにして向かっている。トラヒコは、自身の攻撃が通じないことは分かりながらも、カイラブンに何かを考えさせないよう縦横無尽に斬りつけた。
突然、カイラブンが動きを止めた。トラヒコは攻撃の手を緩めないが、全く意に介さないように一点を見つめる。そして、歩き始めた。瓦礫の山へ向かって。トラヒコが足首に斬りつけようが、膝や太ももに当身をしようが、倒れることも歩みを止めることもしない。しかし、先程ライムが砕いた僅かな隙間へ風の斬撃が当たった瞬間、カイラブンがそれを気にする素振りを見せた。手で擦る。その手には、うっすらと血が滲んでいる。
「そうか、攻撃が当たる瞬間にその箇所へ集中を向けていなければ、攻撃は通るんだな」
トラヒコが不敵に笑う。一方、カイラブンは鬱陶しさを露わにして、手のひらに巨大な岩の塊を出現させ、トラヒコへ向けて転がした。動き自体はそれほど速くはなく、軽々とそれを躱したトラヒコであったが、その岩の塊は意思を持っているかのように、方向転換してトラヒコを追いかけはじめた。さらに、岩の塊から剥がれた欠片が、銃弾のようにトラヒコへ放たれる。岩の塊がトラヒコを足止めしているのを見届けて、カイラブンは瓦礫の山へ再び歩を進める。
ライムは全身全霊で波動を丹田に集中させる。中途半端な威力では、かえって瓦礫を散らかして、逃げる妨げになってしまうかもしれない。一気に、向こうの通りまで貫くくらいの勢いで放たなければ。迫りくるカイラブン。何か、奴の気を逸らせるようなことが起きれば・・・。
その時であった。トラヒコを追いかけまわす岩の塊が放った欠片が、そばの瓦礫を撃ち抜いた。すると、黄色い何かが露出する。マティーニが、先程ライムたちと立ち合った際に、壁へ張り付けた、定期的に光線を放つ弾丸だ。単調なリズムと、そこまででもない威力のせいで、先程の戦いではあまり注意を向けられていなかったそれは、瓦礫の下でも光線を放ち続けていたらしい。露わになったその弾丸から、光線が一直線に、カイラブンの目へ向けて放たれた。虚を突かれたカイラブンが、片手で顔を押さえて立ち止まる。
「今だ!!」
ライムが瓦礫の山に向き直り、渾身の勁弾を放つ。紫色の波動の流れが瓦礫を吹き飛ばしながら貫き、道を作る。
「ありがとうっす!」
ネガが、もはや引きずるようにしてユウヒを運び、その道をゆく。ドカンと大きな衝突音がして、粉塵の中からトラヒコが飛び出してきた。ネガに追いついた2人が、ユウヒを代わりに担いで走る。
「いくぞ」
ライムとトラヒコが走り出した頃、粉塵が地に落ちて広場の様子が明らかになった。巨大な岩は、カイラブンの背中に衝突し、粉々になっていた。トラヒコが、足を止めたカイラブンを跳び越えたからだ。カイラブンは、未だに光線を放ち続ける弾丸に向けて、指先に出現させた小石を放ち、沈黙させた。
疲労困憊の4人は、闇通りを必死で駆け抜けた。争いごとに慣れた闇通りの住人たちでも、広場での一戦は珍しかったようで、様子を見ようと外に出てきていた。しかし、正気を取り戻したらしい蠍の謀りの構成員たちが怒鳴り散らして、彼らを追い払う。ライムたちは身構えたが、どうやら見逃されているらしい。わざとらしく構成員の男たちがライムたちから目を逸らせた。ミュールが何かを吹き込んでくれたのかもしれない。
煌びやかな通りに出たところで、治安維持部隊の車が回転灯を光らせてサイレンを鳴らし、何台も集結してきた。隊員たちが一斉に魔具製銃を構えて、ライムたちを取り囲もうとするが、後ろから現れた蠍の謀りの構成員も同じく銃を構えて睨み合う。さらに。
上空から、カイラブンが落下してきた。どこかから跳躍してきたのだろう。ライムたちの姿を見つけると、拳を振り上げる。治安維持部隊が、そして蠍の謀りの構成員も、それを慌てて制止しようとする。
「おい、ここは一般人や観光客も多くいる場だぞ、やめさせろ!」
「うるせえ!俺たちの言うことなんて聞かねえんだよ、この人!」
その時であった。
「カイラブン、俺らの仕事はここまでだ。マスターの命令だぞ」
マティーニの声。カイラブンの動きが、ぴたっと止まる。
「残念だが、ニマールは国軍を動かしやがった。あのウボンレイ族のガキと一緒にいた男、あいつが国軍か、国軍に顔が効く奴にパイプを持っていたのかもな。動きがあまりにも早い」
「関係ない、マスター、俺、こいつら潰す」
そう言うカイラブンに、マティーニは通信魔具を放って渡した。静かながらも威圧的な声が流れる。
「カイラブン、今はよせ。まだ戦争を起こす段階ではない」
カイラブンは、ライムたちを見つめ、深く溜息をついた。
「マスター、了解」
カイラブンは通信魔具をマティーニへ放り返し、踵を返すとその場を立ち去った。
治安維持部隊も、国軍という言葉に腰が引けたようだ。自分たちの独断で捌くことの出来る事案ではないと思ったか、それとも通信魔具に国の上層部から指令が下ったか、おもむろに「ここからはギルドに任せる」と言い捨て去っていった。
「国軍っていうのは、本当か?」
トラヒコが鼻で笑い、マティーニへ尋ねる。
「ああ、あのナガレとかいうおっさんが言うには、な」
マティーニが親指で差す方を見ると、ナガレの車が停まっていて、ミュールがもたれかかっている。
「あのおっさん、治安維持部隊の追手は簡単にまけるだろうに、わざわざゾロゾロ引き連れてここまで来てやがった。俺らの探す手間が省けてよかったよ。で、何を言うかと思えば、ニマール国軍に連絡しただと。俺らはそれを、信じてやった。まあ、国やギルドの上層部が慌ててるってことは、あながち大ボラでもなさそうだ」
ナガレの車の窓があき、ナガレが「助けてくれえ、この綺麗なお姉さ・・・お兄さんに捕まっちまったよ~」とわざとらしく声をあげる。ミュールが、苦笑しながら肩をすくめた。
「みなさーん!」
ジャンベが車からおりて、こちらへ駆けてくる。
東の空が明るくなってきた。煌びやかなこの街にも朝日は届く。今夜の大騒動も、この街にとっては賑やかな催しの1つに過ぎなかったのかもしれない。
「本当に眠れない街、だったね」
ライムの言葉に、トラヒコは鼻で笑い、ネガも疲れ切った顔に少し笑顔が浮かび、ユウヒが「あれ、おはよう・・・」と目を擦るのであった。




