64.眠らない街、眠れない街③
マティーニとミュールが去った後、ライムたちも路地を抜けて通りに出る。
「ジャンベとナガレさんのところへ戻ろう」
ライムの言葉に、ユウヒとネガが頷き、トラヒコは無言で駆け出す。どこかで銃声と、叫び声や怒鳴り声が響く。それに混ざって、スキール音が響いた。
「ナガレさんの車の音!」
ユウヒが、音のした方へ向かう。それを追ってライムが駆け出そうとした途端、街の中にサイレンが鳴り響いた。赤い回転する光が家屋を撫でるようにして迫ってくる。一旦足を止めたライムたちだが、慌ててユウヒの後を追って駆け出した。
角を曲がったところで、奥から猛スピードでナガレの車が突っ込んで来るのが見えた。ユウヒは既に塀にのぼって、車に向かって手を振っている。ライムたちも急いで塀によじのぼる。ライムたちの真下に横滑りになって車が停まり、あいた窓から「早く乗れ!」とナガレが叫んだ。後部座席にはジャンベの姿もある。一安心して4人が車に乗り込もうとしていると、サイレンの音が突然すぐそばで響き、赤い回転灯を光らせた車が道の前後から現れ、ナガレの車を挟み込むようにした。
「お前ら、万が一の時は武器使ってでも切り抜けるぞ」
トラヒコが囁く。
「うん。でも、ギリギリまでは武器は出さないようにしよう。体術だけでも、トラヒコや僕ならある程度は戦えると思う。ユウヒ、ネガ、ナガレさんの車に乗って」
ジャンベが車のドアを開けて、ユウヒとネガが乗り込んだ。回転灯を付けた車から、銃を構えた男たちがおりてくる。
「気をつけろ、魔具製だ。おそらく使用者が魔力切れを起こすまで弾は尽きない」
ナガレが囁くと同時に、銃を構えた男たちのうちの1人が、ライムたちに警告した。
「全員、車からおりて壁に手をつけ」
顔を見合わせたライムとトラヒコ。
「おい、何の真似だ。俺たちは何も悪いことはしていない」
トラヒコがそう返すも、男たちは無言で包囲の輪を狭めてくる。
「相手が銃を持ってるんじゃあ、こっちも武器を出すしかないぞ」
トラヒコがライムに囁き、ライムも苦渋の表情で頷いた。
今にも、2人が武器を具現化しようとしたその時。頭上から、大量の魔具製銃がばら撒かれた。驚いた男たちが、建物の屋根に銃口を向ける。
「あんたらがサボってるから、俺らギルドの人間が全員制圧して、目当てのもん押収してきてやったぞ」
屋根から飛び降りる、マティーニとミュール。
「それで?あんたら治安維持組織にだけ所持が許されてるはずの魔具製銃を、なんでこんな貧困街の輩どもがこぞって持ってるんだよ。教えて欲しいもんだなあ」
マティーニが、銃を持った男に不敵な笑みを向ける。
「それは・・・」
「おっと、あんたらが漏らしたとなりゃ、処分されちまうだろう。俺らが勝手に想像を喋るから、まあ聞いていてくれや。ある時、マクル国の魔具スーツ会社から、冒険者の能力を魔具に込めて武器化する技術を利用して、銃を大量生産したから取引をしないかとコルアール国の上層部に話があった。国の上層部はそれに頷き、まずは治安維持部隊の武器として支給した。ただ、射撃訓練は出来ても、実戦での使用はそうそうする機会がない。それで、貧困街に流し、揉め事や窃盗の中で使わせようとした。バレた時の大義名分としては冒険譚の回収と魔物討伐をさせるため。コルアールは積極的に冒険譚を集めたり、完結を目指したりする冒険者が少ないからな。これまではそれでよかったが、これからはマクルへ送る材料の魔具が必要になった。冒険譚を拾ってきた街の連中には多額の報酬をやったんだろう。映像魔具やら飛行魔具やら惚れ薬やら、その他にも悪用するには金のかかる道具が手に入るようになった。この街の連中は、金になることならなんでもやる。そのうち、冒険譚から現れた魔物すら利用して犯罪を起こしだした。それのきっかけを国が作ったなんてことになりゃ、なあ?」
マティーニの言う「想像」を聞いているうちに、男たちはいつの間にか銃をおろしてしまった。
「それで、だ。ここからは、ギルドと治安維持部隊との話にしたいんだが。俺らはたまたま、本探しのついでに立ち寄った貧困街で、不審な銃を所持する住人たちと出くわし、銃を押収した。どうやら魔具で作られたもののようだった。そういえば最近、国の治安維持部隊の精鋭がこれと似たものを持っていたと気づいた俺たちは、ギルドに報告をした。それと同時に、あんたら治安維持部隊が到着。輩たちを締め上げると、どうやら魔具製銃を移送している最中の車を襲い、いくらかを強奪したと認めた。マクル国側は失態を知られたくないためそれを黙っているのだろう。今後、魔具製銃については治安維持部隊だけでなくギルドも共同で管理していくことを提案された。で、あんたらがこの話を持ち帰ったら、うちの上の者とそっちの上層部で話がまとまる手筈になってる。このまま帰ってもらって構わない」
男たちは、銃を腰のホルスターにおさめると、通信魔具でどこかに連絡を取り始めた。そして、別の男に向かって、マティーニは続ける。
「こいつらは、ニマール国の冒険者だ。こっちに入国してからは武器の具現化はしていない。正直、武器を使ってりゃ、あんたらは銃を使っても蹴散らされてたよ。だから戦闘の意思なしってことで見逃してやるんだな」
そう述べるマティーニの肩を、ミュールが叩く。手には、こちらも通信魔具だ。
「なんだ?マスターか?」
車からおりたナガレが、前方の治安維持部隊の車を運転する男に、「ちょっと道を開けてもらえないか?俺たちはもう、無罪放免になったからね」と話しかける。運転手の男は他の男へ確認するような視線を送るが、その男は手をあげて「大丈夫だ」と返し、運転手も頷いて車を後退させた。
「ありがとよ」
ナガレも車に乗り込み、ハンドルを握る。その時。
「え?はあ・・・褐色の肌をした少年は確かにいますけど・・・彼を連れていけばいいんですか?」
通信魔具を持った治安維持部隊の男が、訝し気にそう述べるのが聞こえた。それと同時に。
「ウボンレイ族のガキ・・・奪われるなって言ったって、あいつらに価値なんて分からないんじゃ・・・」
マティーニがそう呟く声を、ライムとトラヒコが耳にした。途端に、鋭い視線を向けるマティーニとミュール。ナガレの車から、何故か意を決したような表情をしたユウヒとネガがおりてきた。
「おいらたち冒険者は、映像魔具でマークされてるんすよね・・・。逃げるんなら、ジャンベとナガレさんだけの方が少しはマシかもっす・・・」
ネガが呟くと、ユウヒも溜息をつく。
「結局、こうなっちゃうんだから」
通信魔具を切った治安維持部隊の男が、「もう少しだけ、いいか?」と近寄ってくる。自然な動きで、マティーニとミュールが間に入る。
ナガレの車のエンジン音が響き、激しくタイヤを鳴らして、先程治安維持部隊の車が空けた隙間を縫うようにして、飛び出してゆく。大慌てで、治安維持部隊の男が「あの車をとめろ!!」と叫び、回転灯とサイレンを鳴らした車が追って発進してゆく。
残った治安維持部隊の男たちが、改めて銃を構えてライムたちに向ける。
「同行してもらう」
しかし、間に入ったマティーニとミュールが武器を具現化して立ち塞がる。
「いいや、こいつらはギルドが人質に取る。どうせ、国の取引にギルドが一枚噛んでくると分かったそっちの上層部が、主導権を握る材料としてあのガキを利用したいんだろう。あんたらは、ギルドがあのガキを欲しがってるってことだけは掴んでるんだろうしな。でもよ、俺らギルド・・・そしてマフィアとやり合うってことは、あんたらも随分と面倒なことになるんじゃねえか?」
マティーニの言葉に、治安維持部隊は銃を構えたまま他の隊員と顔を見合わせることしか出来ない。そして。
「まあ、俺らが武器を使っちまうのも後々面倒だからよ。こういうので、お茶を濁しておくか」
マティーニが懐から、なにやら魔具を取り出すと、治安維持部隊に向けて放り投げる。途端に、激しい閃光が辺りを包み込む。咄嗟に目を瞑ったライムたちだが、しばらく視界がおぼつかない。
閃光に紛れてどこからともなく、黒服に身を包み、サングラスをかけた屈強な男たちが駆け出してきて、ライムたちを抱え上げて走り出す。
「やっぱ、最近流行りの閃光魔具は便利なこった。人間にも、映像魔具にも、目くらましに丁度いい」
目が慣れてきた頃、自分たちが車に押し込まれてどこかへ向けて走り出したのを感じたライムは、口を開いた。
「蠍の謀り、の皆さんですね」
「ああ、そうだ」
マティーニの声。
「あそこにいるよりはマシだと思って、おとなしく運ばれてはきたが、面倒なことになったら即刻蹴散らすぞ」
トラヒコがそう言うと、黒服の男の1人が「なんだと、てめえ」と声を荒らげるも、マティーニが手を挙げて制止する。
「こいつら、俺らと同じくらいには強いぜ。あんまり舐めてるとマジでやられるから、気をつけな」
マティーニの言葉に、ミュールがふふっと笑う。
「ちょっと・・・うちら、ちゃんとニマールに帰れるんだよね・・・?」
ユウヒの不安そうな声に、ネガが返す。
「おいらたち、人質って言われてたっす。ジャンベと交換、ってことになりそうっすね・・・」
「ええっ!それダメ!ジャンベもナガレさんも一緒に帰らないと!」
ユウヒが、後部座席でジタバタとしている様子が伝わってくる。
「ああ。俺らはそんなにおとなしいわけじゃない。人質としてはハズレの部類だな」
トラヒコが、鼻で笑う。
「このまま、蠍の謀りのギルドへ行くんでしょうか。マティーニさん、ミュールさん、僕たちは争いたくない。今回の、そちらの国でのやり取りに口を挟むことはしないし、他言もしない。だから、全員を解放してくれませんか」
ライムの言葉に、マティーニが舌打ちする。そして。
「うるせえな。勘違いしてんじゃねえぞ。こいつら構成員じゃ相手にならないかもしれねえが、俺らが直接やってやろうか?今日のこれまでの間に、俺らが何回、お前らのことを殺せたと思う?黙らねえなら、次はお前の頭をぶち抜いてやるからな」
前の座席から突き出された、マティーニが手にした回転式拳銃の銃口が、深緑色に光っている。ライムが口を閉じると、マティーニは銃をくるくると回転させて、拳銃をしまった。
「いいじゃねえか。少しはおとなしくしてろよ。俺らのギルドに招待してやろうってんだから。歓迎するぜ?」
黒塗りの車が数台、コルアール国の中心地へ向かって爆走する。そこから随分と引き離されたところに、やはり数台の治安維持部隊の車が、回転灯を光らせて追走していた。また、コルアール国のどこかで、ナガレが自慢のハンドル捌きで、追走を振り切ろうと奔走していた。




