63.眠らない街、眠れない街②
棚の向こう側にあらわれた隠し部屋には、盗品と思われる様々な物が、意外なほど整頓されて置かれていた。いかにも高級そうな装飾品や、用途の書かれたメモが添えてある魔具の数々。ナガレはそれらを素通りし、不自然にそこだけが何も置かれていない空間を見つめる。ナガレが振り返りジャンベに声を掛けようとしたが、既にジャンベはナガレの隣に来ていて、やはりその空間を凝視していた。放心したような表情であったが、すぐに我に返った様子だ。
「どうだ、ここに冒険譚、あったと思うか?」
ナガレが囁くように尋ねる。
「はい、きっと」
ジャンベが、ナガレの顔を見上げる。ナガレは頷くと、女性の方へ向き直った。
「お姉さん、ここにあった未完の冒険譚を、持って行った奴がいるだろう。どんな奴、奴らだった?」
女性は口をつぐんで、そっぽを向く。
「お姉さんとさっきの子たち、それにこの店の店主や客たちも含めて、生きるための手段としてこういうことに手を染めているんだろう。それを俺は否定はしない。そりゃ、もっといい方法があれば、そっちを勧めるけど、俺にはそんな力も、権力もない。ただ・・・相手がどんな奴かはよく考えた方がいい」
ナガレの声色が優しい。女性はちらっとナガレを一瞬見つめ、すぐに視線を逸らせた。
「これは俺の予想なんだが、ここにあった未完の冒険譚を持っていった人物は、お姉さんたちに取引を持ち掛けたんじゃないか?ここにある本を譲ってくれたら、いい稼ぎ方を教えてやるって。外国からやってくる、そこそこ腕の立ちそうなギルドの冒険者たちが現れたら、魔物に追われていることにして助けて貰う。礼をするためと理由をつけて、この街に誘い込む。弱みや秘密を魔具で撮影したり、録音したりして、ギルドへ送り返す。何らかの悪事を、冒険者たちがお姉さんらに吹っ掛けたことにして、ギルドから賠償金をふんだくる。例え失敗しそうになっても、魔物の群れはこっちで蹴散らしてやるし、冒険者たちが逆上しても我々はそれを上回る強さだ、ってな具合で」
女性は、分かりやすく動揺した。図星だったのだろう。
「まあ、こんなのはよくある手口だ。魔具開発の進歩で、犯罪の手口も新しくなっている。俺も無法者たちと関わる機会があるからな、そういう知識だけは持ってるのさ。で、さっきの質問の続きだが、どんな奴だった?きっとかなりの手練れなんじゃ・・・」
ナガレが言葉を切る。ジャンベも、警戒した様子になる。女性はさり気なく部屋の入口を塞ぐように棚へもたれかかっていたが、安心したようにタバコを取り出して吸い始めた。
隠し部屋の中に、先程店の中で乱闘した店主や客らとは比べ物にならない、屈強な輩が数人入ってくる。逃げ場がない。
「あ・・・ジャンベ、悪いな。とりあえず、隙を作って逃げるぞ」
「はい・・・!」
輩たちが飛び掛かってくる。応戦するような構えを取ったナガレが、そばにあった盗品の魔具に手を伸ばす。メモには、「閃光。洞窟探索、目くらましに」とある。
「ジャンベ、目を閉じろ!」
ナガレが、光量を最大にして魔具のボタンを押すと、部屋の中に星でも落ちたかのような閃光がきらめいた。ナガレがジャンベの手をとり、駆け出す。部屋を出た途端、女性がナイフで切りつけてくるのに気がついたジャンベが、ナガレの手を掴んだまま勢いよくしゃがみ込み、寸でのところでナガレもそれを回避できた。今度は、倒れ込んだナガレの手を取ってジャンベが駆け出す。
店を出る前に、先程蹴散らした店主や客たちが、今度は包丁や鍋などを持って立ち塞がった。後ろからは、ナイフを持った女性、それに目くらましから回復した輩たちが追ってくる。
「まずいな、これはあんまり使いたくなかったんだが」
ナガレが呟くと、服で隠れていた腰の辺りから、拳銃を取り出した。
「あんたらの国が集めている、魔具製の武器だ。普通の拳銃と違って、使い手の力が尽きるまで撃ち続けられるって代物だ。あんたらが1番、これの怖さを知っているだろう」
それを聞き、店主と客が怯んだ隙に、店の外へ駆け出すナガレとジャンベ。
「走るぞ、後から来た男らにはもう、この銃は流れているかもしれない」
ナガレの言葉通り、走り去った2人を追って店から出てきた輩たちの手には、魔具製の銃が握られていた。
夜空に向かって、マティーニがタバコの煙を吐き出した。ミュールも細いタバコを静かに吸う。
「ありがとうございます、助かりました」
ライムが礼を言うと、ネガも隣で頭を下げた。
「なんだかんだ言って、あんたら憎めないのよね」
ユウヒがいつものトラヒコのように腕を組んで鼻を鳴らす。
「お前ら、この街の出身なのか?」
トラヒコの問いに、マティーニが煙を吐き出しながら首を振る。
「いや、俺らはあっちだよ」
マティーニが親指で示した先は、煌びやかな明かりを放つドーム状の建物がある方角だ。マティーニは続ける。
「あのギラギラした街よりも先に、もっとデカくてギラついた街がある。コルアールの中心地だ。大陸中の富豪や有名人がこぞって集まる、眠らない街。俺らはそこの、陰で育った」
遠くで、怒声が響く。ジャンベやナガレは大丈夫なのだろうかと心配になったライムだが、すぐにそれは関係のない喧嘩の声であると分かる。
「じゃあ、僕たちを助けてくれたのは、偶然・・・?」
ライムの問いに、マティーニが呆れた顔になる。ミュールが、ふふっと笑う。
「お前らなあ、国に入った瞬間から、俺らは映像魔具で逐一お前らの動向が分かるようになってたんだぜ?まあ、俺らがこの街に向かっていたのはもともと用があったからだが、お前たちがこの街に向かってるのは俺らも、そして蠍の謀りの奴らも、気づいちゃいただろうよ」
マティーニの言葉に、ミュールが補足する。
「C級以上の冒険者が入国したら、監視用の魔具がマークするんだよ。その情報が、国内のギルドに共有されるんだ」
ミュールは声も中性的だ。
「へえ・・・じゃあ、うちらが危ないと思って、用事のついでに助けてくれたってこと?」
ユウヒの問いに、マティーニが面倒くさそうに手を振る。
「そんなわけねえだろ。俺らの用事に関わってなけりゃ、放っておいたさ。ただ、俺らの用事ってのが、あの輩どもに関わっているから、目的遂行の邪魔になってたんだ」
「マティーニ、『仕方ねえなあ』って言ってたよ」
ミュールが、からかうような笑みを浮かべて言うと、「うるせえ!」とマティーニがタバコを地面に落とし、踏みつけた。
「用事、か。この街は、入国したての観光客から金品を巻き上げたり盗んだりする窃盗団と、面倒ごとになれば前線に出て戦う腕自慢の不良集団とが協力して生計を立てているように感じたが、ギルド・・・というよりもこの場合はマフィアの構成員が手を下す用事があるとなると、それだけではないのか」
トラヒコが、独り言のように呟きながらも、マティーニやミュールの反応をうかがう。
「それに、貧困街にしては、飛行映像魔具が何台もあったり、普通は高価な惚れ薬の香水を使ったり、変だなと思うっす」
ネガの言葉に、ライムも頷く。ユウヒは、「あ、たしかに」と今になって気がついたようだ。
「窃盗団も不良集団も、ギルドには所属していないよね。それが却って、冒険者とは違う強みになっているのかもしれない。さっきみたいな状況で、手を出したら不利なのは冒険者側、それに国外の人間ならなおさらだよね」
ライムが言い終わるまでマティーニは黙って聞いていたが、やがて溜息をついた。
「お前らな・・・。首を突っ込んでくるんじゃねえよ。まあ、お前らが気がついている通りだよ。ギルドにも、マフィアにも、所属がないっていうのはある意味便利なんだ。それは、あいつらを利用する奴らにとってもな」
「それは、マフィア・・・蠍の謀りにとっては、不都合なのか?」
トラヒコの問いに、マティーニは少し迷ったような顔をして、返す。
「上は、一枚噛みたいんだろう。だから揺さぶってやろうって腹なんだろうな」
マティーニがミュールに合図をする。頷いたミュールが、鞭を具現化させた。
「お前ら、俺らに協力しようなんざ思わなくていいが、せめて邪魔はしないでくれ。それを、助けてやったお礼として受け取っておくからよ」
マティーニがそう言うと、ミュールが鞭を上空に向かって振り出した。伸びきる直前で、目にも留まらぬ速さで手首を引いた。凄まじい炸裂音が響き、夜空が割れるような衝撃波が放たれた。街の上空の至るところから飛行映像魔具が落ち、地面に叩きつけられる音がした。
「俺たちも、協力しようとは思わないが、自分たちの身を守る行動はとらせてもらう」
トラヒコの言葉が届いたのかどうか定かではないが、マティーニとミュールは既に闇に紛れて路地を駆け抜けていた。




