60.新しい武器
マクル国との国境までは、運び屋の仕事がてら、ナガレが車で送り届けてくれた。ライムと、仕事の休暇を取ったジャンベは、ナガレの車が見えなくなるまで手を振った。
前回は、C級冒険者試験の受験者とその付き添いという扱いだったが、今回は旅行客としての入国だ。ライムの方はC級冒険者としての登録があるため、ドンカウル大陸およびワキナ諸島周辺への行き来の手続きは円滑に進む。一方、ジャンベは鑑定士といえどもニマール国内での登録であるため、手続きにいくつかの聴取が加えられ、ジャンベは緊張しながらもハキハキと答えた。ベンチに座って待っていたライムは、個室からジャンベが笑顔で出てくるのを見て、一安心した。
「無事に、入国出来そうかな?」
「はい!ボク、鑑定士も冒険者と同じで、大陸全体の登録だと思ってました」
「僕もだよ。なんで、冒険者と鑑定士で、違うんだろう」
ライムとジャンベの疑問に、そばにいた関所の職員が答えてくれる。
「冒険者は、国の戦力だからな。国同士が協力し合う際に、スムーズな行き来ができるようにって意味もあるが、登録しておくことでその国がどれくらいの戦力を保持しているか、把握できるようにもなっているってわけだ。冒険者の育成は、国家戦略の1つだろう。それぞれの国が揉め事にならないよう抑制し合っているってわけだ。その点、鑑定士は直接的な脅威にはならない。それに、冒険譚は自国の領土内で発見したものを取り扱うわけで、鑑定士が国を跨いで仕事をすることは滅多にないからな」
ライムとジャンベが、なるほどと納得していると、関所にバスがやって来た。これから荒地をバスで抜け、工業地帯、そしてマクル国の中心地へと向かう。
バスの座席に座ると、天井から魔具がおりてきて、調べものをしたり、目や耳を覆って映像を観たり音楽を聴いたりすることが出来るようだった。しばしライムとジャンベは雑談を交わしたが、せっかくなので魔具を使ってみることにした。魔具を見つめると、顔を包みこむように覆われ、まるで首から上だけが冒険者試験の時の仮想空間へ入ったような感覚となった。
マクル国内外のニュースや、娯楽映像、合間に流れるコマーシャルには、魔具スーツの紹介もあった。「あなたと一緒に成長する」を強調していて、ナットの意見が通ったのだと、ライムは密かに嬉しくなった。
マクル国の中心地へ到着したバスを降りて、伸びをするライムとジャンベの横を、荷物を抱えた魔具たちが滑るようにすり抜けてゆく。上空も、相変わらずの賑やかさだ。
「ライムくん、こっちだ!」
ナットが、平べったい黄緑色の車の前で手を振っている。ナガレが見たら大喜びしそうな、お洒落な車だ。
「手紙、読んだよ。一応、準備はしておいた」
ライムと握手を交わすと、ナットはウインクした。そして、ジャンベにも向き直り、「この前は、あまり話せなかったね。ナットといいます」と挨拶する。
「ボク、ジャンベです」
ジャンベも無邪気な笑顔を返す。そこに。
「やや!ジャンベ殿!久しいですな、息災であったか!」
オータが現れた。ライムが事前にナットへ手紙を送っていたように、ジャンベもまた、オータとやり取りをしていたのだ。
「今日は拙者の縄張り、冒険者グッズ店、カードゲームにボードゲームが山とある遊具店、そしてジャンベ殿のリクエストでもあった、様々な魔具が揃う魔具ショップ、張り切って回ろうぞ!」
オータは賑やかにジャンベと肩を組むと、2人して段々になった街並みを下ってゆく。
「夕方、ホテルで待ち合わせだよ!」
ライムが声を掛けると、ジャンベが振り返って飛び跳ねながら手を振って返した。
「さて、こちらも行こうか。詳しい話は、僕の作業場でしよう」
ナットが車のドアを開けてくれる。ドアが羽を広げるような開き方をして、ライムは驚いた。
車内では、お互いに近況報告をする。しかし、「肝心の話題」については作業場まで話さない方がよいのだろうと、ナットの雰囲気で察したライムは、あれこれと考えてバスでの映像を思い出す。
「そういえば、ナットさん。魔具スーツの売り出し方、ナットさんの意見が通ったんですね。本当によかった」
「ああ、コマーシャルを見たのかい?少なくともあの試験結果は、甘い広告文句よりも大衆に現実を突きつけるものとなった。武器に頼りきりではなく、自分自身も鍛錬しなければ強くはなれないと、理解してくれた人も大勢いたよ。ただ・・・」
ナットはそこで言葉を切り、しばらくは車のエンジン音が響いた。
中心地の大都会を出て、郊外に向かって車は走る。やがて住宅街となり、その中の一軒に近づくと、ナットは車の速度を緩めた。
「着いたよ、ここだ」
ナットが車を後退させて敷地に入ると、自動で車庫のシャッターが上がった。ナットはライムに、「少し待っていてくれ」と声を掛け、一旦車庫から出ると、すぐに戻ってきた。ナットが車止めの後ろにあるドアへカードキーを差し込む。ピロリ、と音がなり、ドアがゆっくりと開いた。
「ここが、僕の作業場だよ」
ライムは、思わず「うわあ」と感嘆の声を漏らした。決して広くはないが、しかし秘密基地のようなどうしても憧れてしまうような空間がそこにはあった。中央には作業台。図面や工具が置かれている。奥はバーカウンターのようになっている。壁には速そうな自転車が立てかけられ、映像魔具の向いにはソファーがあり、脇には古い音楽魔具がある。
「か、かっこいい・・・」
思わず笑顔になるライム。それを見て、少し照れ臭そうに「ありがとう」とナットが返す。
「さて、本題だ。君が手紙、それも検閲を避けた状態で情報を送ってきてくれて、助かったよ」
ナットがライムにソファを勧め、自分はバーカウンターの椅子に座った。
「いえ、僕の国でも検知システムがあって、この情報は見られたらあまり良くはないだろうな、と思いまして・・・。ギルドの研究員の方に、検閲の抜け道を聞いて、運び屋をしている知り合いに頼んで、送っていただきました。やっぱり、マクル国でも・・・?」
ライムの言葉に、ナットは曖昧に頷く。
「国の検知システム自体は、きっとどこの国も多かれ少なかれ、あるとは思う。ただ、僕は今、個人的に見張られているからね。魔具スーツの開発とその売り出しについて、僕は今の状況に満足しているけれど、それを面白く思わない連中もいるんだ。例の社長を筆頭に、ね」
C級冒険者試験の時に、空の羅針盤のマスター、カザフネの横にいた蝶ネクタイの男を思い出す。
「この作業場は、国の検知システムも、社長や取り巻きが差し向けた監視魔具も、全て遮断できるんだ。ギルドマスターの口添えもあって、名目上は他国からの諜報防止ということになっているけれど」
ナットは立ち上がると、カウンターの向こうから鮮やかな液体の入った瓶を持ってきた。ライムが口をつけることを躊躇していると、「心配ない、酒じゃないよ。もっとも、酒が良かったらそっちもあるけどね」と笑った。
「それで、君は武器、魔具を使わずに能力を発揮したということだったね」
ライムは手紙に、冒険譚の中で武器が破損してしまったこと、新しい武器をナットに作ってもらいたいこと、そして冒険譚のなかで武器のない状態で技を放ったこと、を記していた。最後に付け加えたのは、新しい武器を作ってもらうにあたり、ナットの武器と同じ「自分の成長と一緒に成長する武器」を作ってもらいたいという意思の表れだった。
「そうなんです。僕が武器なしで放ったのは、ナットさんと試合をした時にも使った、『勁弾』という技です。あれは、僕に体術を教えてくれた親戚・・・いえ、父の技だったみたいで。武器を使わなくても、相当な威力を発揮できる技なんです。武器はあくまでも補助、いえ、一緒に成長できる関係として支えてくれるものであって、そして・・・僕の今の目標は武器を使わなくても今以上に強くなることなんです」
ナットは大きく頷いた。そのうえで、尋ねる。
「ライムくんのその考え、とても理解できるよ。ただ、武器を使わなくてもというあたり、何か掴んだものがあったのかい?」
ナットの問いかけに、ライムは作業場の入口を振り返る。「大丈夫、外には漏れないよ」というナットの声に意を決して、ライムは口を開いた。
「かつて、この世界は魔具や武器なしで、魔法、能力が使えていたのではという説があるようです」
ライムを真っすぐに見つめるナット。
「なるほど。確かに、魔力は人間の体内に流れているものだし、魔具を介さなくても発揮出来るのでは、という想像はしたことがあった。あくまでも、想像だけれどね。そうか・・・冒険譚の中だけでなく、外でもそれが本当に可能なら・・・」
しばらく腕を組んで思案していたナットであったが、やがて、にっこりとライムに笑いかけた。
「かつて、はどうか知らないが、これからそうなる可能性に目を向けてみよう。少しだけ時間をくれないか。ホテル代がかさむなら、僕の家に泊まるといい。ジャンベくんも一緒にね」
その夜は、ホテルに泊まった。オータに連れられて遊び歩いて帰ってきたジャンベは、土産袋で手が塞がっていた。ライムがジャンベに事情を話し、翌日から2人はナットの家で過ごすことになった。
朝は3人でジョギングをし、朝食の後はライムとナットが組手の訓練、ジャンベはマクル国で鑑定された冒険譚についての書物をナットに借りて食い入るように読む。昼食の後はナットが作業場に籠り武器の開発、ライムも時折呼ばれては開発途中のものを試着したり、ナットの質問に答えたり意見を求められたりして携わった。夜はナットの作業場で音楽を聴いたり映像魔具で演劇を観たりし、眠い目を擦りながら家の中に入る。ライムとジャンベはリビングで寝ていたが、ナットも付き合って3人布団を並べて眠ることもあった。
1度、庭でライムとジャンベがキャッチボールをしていた時のこと。黒い車がゆっくりと家の前を通り、ナットの家の屋根付近から小さな魔具が飛んできて車の窓から入っていくところを目撃した。あれが、「社長」の一味だろうか。その日の夜にナットへ報告すると、苦笑いをしながら「あれで、脅しのつもりなんだ。情けない」と呆れていた。
そんな生活が1週間程経った頃。ついに、ライムの新しい武器が完成した。武器自体はナットの開発中にライムも見ていたので姿形は分かっている。一旦それを、ライムが体内に流れる魔力へ収納したところから、ナットの説明が始まった。
「ライムくんが、『勁弾』を放つ時のことを参考にしたんだ。まず、丹田に波動を集中させて欲しい」
ナットの言葉に従い、ライムが足を肩幅に開くと、息を吐き出しながら丹田へ波動を集めた。
「そして、両手に向かって波動を流してみてくれ」
ライムは肘を曲げて手のひらを上に向けると、丹田から波動を両手に送るよう意識した。すると。ライムの両手を紫色、波動の属性色が包み込み、それが形を成してゆく。やがて、銀色に紫色の刺繍のような模様が施された、籠手となった。
凄まじい力が、漲る。
「その籠手は、ライムくんと切磋琢磨して、ますます能力を発揮していくことだろう。しかし、もしもライムくん自身の力が、その籠手を装備した状態を上回るようなことがあれば、その時は自分から身を引くようになっている。つまり君は本当に、魔具や武器を使わずに能力を扱う存在となるだろう。武器を作った僕が言うのもなんだけど、僕はその武器が身を引く瞬間が訪れることに、とてつもなく期待しているんだ」
ナットの言葉に、ライムは頷く。
「僕、強くなりたい理由が、また増えちゃいました」
その言葉に、ナットの笑みがこぼれ、ライムもつられて笑った。ジャンベもそんな2人を見て、無邪気に笑った。




