57.鬼の首を取ったなら ⑧
ライムとトウタの攻撃に対し、王鬼はその場を動くこともしないまま、軽く受け止めては、造作もなくいなしていた。力の差は歴然としている。
一旦攻撃を止め向かい合っても、ライムとトウタが息を切らせているのに対し、王鬼は退屈そうに首を回す程度である。
「トウタさん、僕、これから大技をやってみます。ただ、技を放った後に少しだけ動きが止まってしまう瞬間があります。援護を、お願いできますか?」
トウタが頷く。
「ああ、やってみよう」
ライムが前方へ駆け出し、王鬼へと間合いを詰める。王鬼は無表情でそれを迎え入れる。ライムは滑り込むようにして王鬼の腹部に拳をあてると、重心を落とし、全力の波動を込めて放った。
「勁弾!!」
しかしその瞬間、この立ち合いで初めて、王鬼が僅かに後退した。間合いを外された波動の流れは王鬼の身体を貫くことは出来ず、さらに王鬼はライムの右腕を掴んで勁弾の威力を分散させる。そのまま、王鬼はライムの腕を捻り折ろうとするように、力を込めた。そうはさせまいと、トウタが援護に入る。ライムの腕を掴んだ王鬼の、手首目掛けて刀で斬りつける。刃が手首に迫り、王鬼はライムの腕を解放した。トウタがそのまま続けて、王鬼の顔面へと刀を振るうと、寸でのところで王鬼はそれを躱し、切っ先の軌道と逆回りに動いてトウタへ拳を打ち込もうとする。その拳に、ライムが波動を込めた拳を合わせ応じると、その隙にトウタが王鬼の胴へと袈裟斬りに振り下ろす。王鬼が刀身の側面へ肘を合わせていなすと、ライムと打ち合いになっていた拳を捻って軌道を逸らせ、ライムの腹部へ拳を叩きこもうとする。同時に、王鬼は刀をいなした方の手で刀身の反りを掴むと、刀を握ったトウタごと振り回すようにして投げ飛ばした。ライムは王鬼の拳を躱し、再度腰を落として勁弾の構えを取る。
「勁弾!!」
今度は、先程のように威力を分散されないまま貫いたが、王鬼はやはり間合いを外して直撃を避けた。それでも数歩は、見えない何かに突き飛ばされたようにして後退りした。
立ち上がり、ライムの横で構えるトウタ。
「王鬼、尋ねたいことがある。この、人間と鬼との戦争は、何故始まったのだ。きっかけを作ったのは、どちらだったのか。こうなってはもう、どちらかが滅ぶしかないのだろうし、今更なのだが・・・。それでも、知っておきたい」
トウタが構えを解き、王鬼に向ける。
「そんなことを、我々の祖先が語り継いできたとでも思うか?」
王鬼は、事も無げに返す。興味もない、といった様子だ。
「そうか。まあ、どちらがきっかけであったとしても、既に双方が双方を殺し過ぎた。和解など、はじめから無理であったのだ」
トウタは刀を構えなおす。王鬼は、不敵な笑みを浮かべた。
「今からでも、人間が執着を憎しみへと向けなければ、お前が人間たちの執着を管理することが出来れば、少なくとも双方の生存者が殺し合うことはなくて済む。しかし、人間にはそれが難しいのだろうな」
トウタは、歯を食いしばり、零す。
「そうだ・・・。人間は、お前たち鬼のように、単純な本能で動いているわけではない。複雑な心の動きを、自分自身でも制御できないまま、それでも社会を形成して許し許され生きているのだ。人間が同じ人間相手に復讐心を抱いても、それを実行することはないかもしれない。しかし鬼は、貴様の言葉によると、その復讐心への執着を感じ取れば、それを欲するあまりわざと人間に殺されて、残された鬼たちが復讐心を手に入れられるようなこともするのだろう。確実に、争いへと発展させてしまうのが鬼だ。だから・・・人間は鬼を、根絶やしにしなければいけない」
王鬼は、不敵な笑みを崩さぬまま、ライムへと視線を向けた。
「お前たち、外の世界の者は、我々の戦争に対して中立な立場のはずであろう。それとも、種族が同じであるからという理由で人間側に肩入れしたか?それとも・・・ほう、力を試そうという気もあるのか。自分たちがどれだけ強くなったのかを試したいという欲望を感じるぞ。それに、この世界がどういった結末を迎えようと構わない、元の世界へ戻ってからの生活にこそ、お前たちの執念は向いている。なんとも利己的で良いではないか」
ライムは動揺した。人間と鬼との戦争に、外から来た立場で人間側について介入することには、トラヒコの言ったように「自分勝手な正義感を、この世界に押し付けるしかない」と言い聞かせていた。しかし、その奥にあった、自分自身が見ないようにしていた、感じないようにしていた心境を、易々と探り当てられてしまった気分である。
「ライム、鬼の言うことなど、真に受けるな。集中だ!」
トウタの鼓舞でライムは拳を構えたが、自分はこの世界のことなど本当はどうでもよいのではないかと思えてしまい、必死で首を振って気持ちを切り替えようとする。しかし。
「すみません・・・。その通り、なんだと思います。僕は、この世界がどういう結末を迎えようと、いや、僕たちがこの世界の結末を決められるのだという傲慢な思いを持っていて・・・。それに加えて、訓練の成果やこれまでの冒険で培った力を試せるかもしれないなんて思っていて・・・。それに・・・」
「煩い!!」
ぽつりぽつりと呟くライムに対して、トウタはついに王鬼から視線を逸らし、ライムを直視して吠えた。
「私は、この世界の人間の存続を懸けて、全身全霊で鬼に挑んでいるのだ!そちらの思惑など、どうでもいい!ぶつぶつと、そこで呻いているだけなら足手纏いだ!理由など、どうでもいいとはじめから言っているだろう、何故それが分からない!私は、共に戦ってくれるのであれば、その真意など本当にどうでもよいのだ!!」
トウタはライムを叱咤すると、そのまま王鬼へ向かって駆け出した。ライムも、はっとして後に続く。トウタが前方へ跳躍し、王鬼へ斬りかかる。王鬼はその場で身体を捻るようにしてトウタの刀を躱すと、トウタの腹部目掛け、正拳を繰り出す。その拳の側面にライムが波動を飛ばしてぶつけることで、トウタは直撃を免れたが、右半身の至る箇所の骨が砕けるような衝撃に襲われた。
「がはっ・・・!」
吹き飛んだトウタが、吐血する。
一拍遅れて王鬼の腹部へ拳を密着させたライム。トウタの身を案じるが、ここでトウタの元へ駆け寄るような真似は絶対にしてはならないと分かっている。そして。
「勁弾!!」
トウタへの攻撃から、ライムへの反撃へ、淀みなく移行する王鬼。身体を捻り、ライムの顔面へ、先程トウタに叩き込んだ拳を振り抜く。ライムの勁弾は直撃を逸れたが、王鬼の脇腹を波動が貫いた。衝撃で意思とは関係なく、王鬼の振り抜いた拳はライムの顔面を打ち砕く前に減速し、威力も削がれた。それでも、直撃後はライムの額が割れ、鼻は折れ、顔面を朱に染めたライムは気を失った状態で弾き飛ばされた。おまけに、3回の勁弾を放ったライムの右腕は紫色に腫れあがり、痛々しい。
ふらふらと立ち上がるトウタと、意識を取り戻して苦しそうに呻くライムを交互に眺める王鬼であったが、ふと、疑問を抱いた表情となる。
「なんだ・・・?お前たちは、自分自身の命への執着が薄くなっているではないか。互いの命へ・・・お前たち、互いの命を守り合おうとしているのか」
トウタが、身体を震わせ、刀を構える。ライムは岩に染み込む滴る血に顔をしかめ、痛みに歯を食いしばり、立ち上がる。さらに、王鬼は何かに気がついたかのように、城の階下に意識を向けた。
「家族のため、仲間のため・・・。人間が我へ直々に戦いを挑むなど、初めてのことゆえ知らなかった。人間は自身の命すら守ることが出来ないのに、それを捨てて他人の命を守ろうともするのか。興味深い」
兵士たちが、城内へと雪崩れ込んで鬼たちと戦っているであろう気配が伝わってくる。外からは相変わらず大砲が撃ち込まれているようで、時折城のどこかが崩れ落ちるような音がする。
「しかし、我が守りたい命など、思い当たらぬがな」
ふらふらと斬りかかるトウタへ向き直り、王鬼はライムと同じように腰を落として構える。そこに、顔面からの流血がなびく程に鬼気迫る勢いで、叫び声を上げながらライムが突撃する。助走の後、大きく前方へ跳躍すると、王鬼へ4度めの勁弾を叩きこもうとする。しかし。
王鬼は不敵に笑うと、ライムと向き合うように身体を捻り、同じく勁弾の構えでライムの拳を迎え撃った。ぶつかり合う勁弾。見様見真似で放った王鬼の勁弾であったが、4発目と威力が安定しないライムの勁弾とでは威力が拮抗した。ライムは、もう一方の手にも波動を込めて王鬼の攻撃に応じる。波動が、四方八方へ波紋を広げ、押し合い。そして。
破裂音。ライムの武器であるグローブが、衝撃に耐えかねて、破れ弾け飛んだ。
途端に、膝から崩れ落ちるライム。魔力が底をついた。そんなライムを上から叩き潰そうと、王鬼が拳を振り下ろす。
何かが折れるような音。ライムを庇うようにして立つトウタ。折れた刀。そして、すぐにトウタの足元には血だまりができた。そこにトウタは倒れ込む。
「ト、トウタ・・・さん・・・」
自身も倒れ込みながら、ライムが呼びかけるも、トウタは完全に事切れているようだった。
「ほう、本当に、自身の命を投げ出して、別の命を助ける、か。その執着は、強いな。我をさらに高みへと向かわせる程に。しかし、我が執着する程の別の命など・・・」
王鬼の呟きは、ライムの耳に届いていなかった。
ふと、ライムの脳裏に、レモンとの訓練風景が過る。
「レモン姉さんは・・・なんで・・・」
何故、レモンは武器もつけず、勁弾を打てたのか。いや、ライム自身もではないか。グローブを嵌めていなくても、威力は劣るかもしれないが勁弾を打ったではないか。最後にレモンと手合わせした時には、互いに加減をしていた、とは思う。その前に武器なしで勁弾を打ったのは、随分と前、冒険者になる前のことだ。あの頃の勁弾はまだ未完成であったし、今打てば、あの頃とは比べ物にならない威力を、武器なしでも放てるかもしれない。
昔は、武器がなくても魔法が使えた、らしい・・・。
それに、少なくとも今、王鬼はライムの真似をして勁弾を放った。波動を扱っていた。
勁弾は、武器が必要ない攻撃、なのかもしれない。あるいは、連発するためには武器で身体を保護する必要がある、ということかもしれない。
いつの間にか、ライムは立ち上がっていた。立ち上がろうなどと思う前に、立ち上がっていた。1発だけ、という予感がする。本気の勁弾を、武器を使わずに、叩き込む。
突然、外からの砲撃か、轟音が響き、岩の床が砕けて抜けた。ライムは、トウタの亡骸を抱きかかえ、階下へと降り立った。王鬼は、何事もなかったかのように、そして何事か思案するような表情で、音もなく降り立つ。すぐそばで、ユウヒの悲鳴が聞こえたが、ネガが必死の形相でユウヒを抱えて落ちてきた。いつの間にかトラヒコがそばで腕組みをして立っている。トウタの亡骸をしばらく見つめた後、王鬼を睨みつけた。
「トラヒコ、きっとそっちも疲れていると思うんだけど、少しだけ協力してもらってもいいかな」
ライムの言葉に、黙って刀を抜いて、ライムに並んで立つトラヒコ。そこで初めて、ライムの武器が壊れていることに気がつく。
「うん、そう、そうなんだけどね。僕は今から、武器なしで、本気の勁弾を打つよ。だから、なんとかあいつを、足止めして欲しいんだ。もう、1人じゃ無理だから」
ライムの顔は、人間たちの代表として鬼と戦うトウタのように、精悍なものであった。それを見たトラヒコはもう、頷くしかなかった。その時。
「ほんぎゃあ」
どこからか、赤ん坊の泣き声。これに、ライムたちよりも、王鬼の方が素早く反応した。泣き声の方をじっと見つめる王鬼。
「わるいが、これを隙ってことにさせてもらう」
トラヒコが刀に風を纏い、王鬼に斬りかかる。王鬼は、はっとしたような表情で反応すると、そばに転がる瓦礫を拾い上げ、トラヒコの刀を受け止めた。トラヒコはさらに、刀身に纏う風の魔力を大きくしてゆく。踏ん張る王鬼の足元に、炎が纏わりついた。ユウヒが、横になりながらも杖をこちらに向けている。
集中するライムの背中に、ネガの手が置かれる。
「回復・・・よりも、今はこっちを優先するっすね」
ライムの全身を、波動が駆け巡るような感覚が走る。いつもならそれが辿り着く場所であるはずの武器はないが、代わりに丹田へと集中していくように感じる。
「ありがとう、ネガ。トラヒコ、ユウヒ」
静かに、一歩一歩、ライムが王鬼へ迫る。その様子に気がつく王鬼であるが、トラヒコとユウヒによる必死の攻撃に対処することで精一杯だ。何より、先程の赤ん坊の泣き声へ気が逸れているように見える。
ライムが王鬼の腹部にそっと拳を合わせる。そして。
「勁弾 徒手空拳」
全身を巡る力が、丹田から右肩、右腕、右拳と伝わり、王鬼の身体へ浸透していくような感触があった。そしてそれは王鬼の全身へと広がり、腹部から背部へ、波打つように抜けていくようだった。王鬼は吐血し、その場で膝をつく。
途端に、腕の血管が破れるような激痛がライムを襲う。呼吸が荒くなる。ネガが駆け寄り回復魔法を施してくれることで、腕の痛みは若干和らぐが、今度は丹田の辺りに穴があいたかのような鈍痛が走る。薄目を開くと、王鬼がよろよろと立ち上がるところであった。トラヒコが追撃を加えると、あっさりと肩から胴にかけてを袈裟斬りされる王鬼。ユウヒの炎魔法に包まれ、身を屈めるようにして、しばし何かを思案するような表情をしていた王鬼であったが、トウタがライムを守って死んだあたりから続けていた思案の答えが出たかのように決意を帯びた表情で立ち上がると、王鬼はどこかへ向けて駆け出した。
「ほんぎゃあ、ほんぎゃあ」
赤ん坊の泣き声だ。思えば、先程からずっと、聞こえてくる。トラヒコが王鬼の後を追う。しかし。
轟音。砲撃が撃ち込まれ、また岩の床が砕け抜ける。さらに階下へと落下する際、王鬼は何か、おそらく泣き声の主を抱きかかえていた。
階下には大勢の人間たちの姿があり、そして鬼たちの死体が累々となっていた。王鬼の姿を捉えた人間たちは喊声を上げ、王鬼を取り囲む。そして、銃を構えて、一斉に射撃した。王鬼は、身体を丸めるようにして、泣き声の主を覆い包む。やがて、銃声が止んだ。血の海の中、身体を丸めたまま事切れた王鬼の亡骸。そして、銃声が止むと聞こえてくる、赤ん坊の泣き声。
無我夢中で落下の衝撃に備え、なんとか立ち上がると、ライムはネガに肩を貸してもらいながら、王鬼の元へと歩み寄った。トラヒコも刀を鞘におさめて、様子を伺っている。ユウヒも、杖で身体を支えながら、輪に加わった。
いつの間にか、赤ん坊の泣き声は、「きゃっ、きゃっ」という無邪気な笑い声に代わっていた。




