56.鬼の首を取ったなら ⑦
龍鬼は、長い首をやはり細長い指で何度か掻いた。ナマズのような髭が、しなやかに動く。
「それで、アナタたちは何をしているのデスか?」
杖先に炎を灯し、それを地面を炙るように向けているユウヒ。そして、その杖を持つ腕から肩、背中、そして反対側の肩、腕と、何度もネガが蟹歩きのような動作で往復して増強魔法をかけてゆく。
「こ、これでも、大真面目っすよ。魔法の増強は、難しいっすから」
ユウヒは黙って、地面を炙り続け、杖を持たない方の手は小刻みに揺れている。
「目障りデスね。消シましょう」
おもむろに、首を掻いていた指を、蟹歩きを続けるネガに向ける龍鬼。護衛の男を光線が貫いた場面が過り、ネガの顔が恐怖で歪む。
「も、もう限界っす!!」
龍鬼の指先から光線が放たれた瞬間、ユウヒが杖を両手で持ち、光線を炎で迎撃した。
「ありがと、ネガ!あとは、予定通りで!」
ネガが頷き、龍鬼の背後へ回り込むように駆け出す。龍鬼が一瞬、ネガの方へ気を逸らせた隙に、ユウヒが杖を地面へ向けて炎を噴き出した。
「火花 陽炎」
炙られた地面が高熱を帯び、ゆらゆらと辺りの景色が揺れ出す。龍鬼が再び指先から光線を放ちネガを狙うが、景色とともに歪んだネガの身体は捉えどころがなく、さらに時折分身のようになり、全く攻撃が当たらない。ふと、気配を感じた龍鬼が振り向くと、ユウヒが今度は天井に杖先を向けていて、無数の炎の玉が降り注いでくるところであった。
「火花 牡丹」
龍鬼は両手をかざすと、炎の玉1つ1つを光線で貫いてゆく。それは天井へと至り、岩の天井が崩れて瓦礫が落下する。
「きゃあっ」
ユウヒが寸でのところで瓦礫を躱す。天井には大穴があいていた。一気に外の光が差し込み、先程まで幻覚のように揺れ動くネガに目を凝らしていた龍鬼は、眩しさに思わず目を覆った。そのネガはどこに行ったのかと薄目を開けて探す龍鬼。しかし、周囲の景色はもう揺らめいてはいない。
「実戦では初めての試みっす!減退魔法!!」
いつの間にか、龍鬼の背後を取っていたネガが、龍鬼の背中に手をあてる。ネガの腕輪が、鈍く光る。
「ぐっ!」
龍鬼が呻き声を出す。力が、魔力が、漏れ出てゆくようだ。途端に、長時間魔力を使ったかのような疲労が押し寄せてくる。
「な、なにをするのデスか!?」
長い首を捻り、ネガへ噛みつこうとする龍鬼であったが、突然足元が爆ぜ、火炎の柱が上がり、龍鬼が炎に包まれる。ネガはその瞬間が分かっていたかのように、飛び退いた。
「ユウヒ!ここからは向日葵に集中するっす!!」
竜の筆、図書室にて。文献の山を脇にのけ、数式を書き散らしながら頷くネガ。
「これなら、いけるかもっす」
そこに、ふらふらと疲れ切った顔で、ユウヒが現れた。
「そっちは上手くいってるんだね、いいなあ・・・」
「ユウヒは、ハクビさんとの訓練、上手くいってないっすか?」
ネガの向いに、崩れ落ちるように座ると、ユウヒは首を横に振った。
「ううん、めっちゃ、上手くいってると思う。ハクビさん、さすがって感じ。魔法も、3つまでなら同時に使えるようになってきてる。1つ1つの威力も上がったし。あとは、属性の応用かなあ・・・。炎で、何か出来ること、ないかな。燃やすとか以外で」
ユウヒの問いに、「うーん・・・」と思案するネガ。
「温める・・・照らす・・・例えば、蜃気楼みたいなのもあるっすよね、地面が太陽の光で熱せられて、幻覚のような現象を引き起こす、とか。陽炎ともいうみたいっすよ」
「陽炎、かあ。幻覚、そういうの、いいかも!うちの、今のところ1番威力の高い技は、向日葵っていう大きな炎の塊をぶつけるやつでしょ?でも、それを準備するのは時間がかかるから、それまでの繋ぎに。ああ、でも・・・ハクビさんからは、向日葵を準備する時はそれ1つに絞らないと、中途半端な威力になっちゃうって言われてて、確かにその通りだし・・・」
「もし、ユウヒとおいらが一緒に戦うことがあれば、協力するっすよ。おいらが今試してたのは、減退魔法っていう、つまり増強魔法を応用した逆の作用っすけど、これは相手に密着しなければいけないっす。だから、ユウヒの幻覚があれば、おいらは相手に近づきやすくなるし、おいらの減退魔法が相手に決まれば、ユウヒは大技の準備がしやすくなるし、ってわけっす」
ネガの言葉を、頭の中でイメージするように目を瞑って、ユウヒは頷いた。
「うん、それいい。その時のための予行練習、今度しておこ!まずは、陽炎を出せるようにならないとだけど・・・」
ユウヒが笑顔で挙げた片手に、ネガは少し照れて軽く手を合わせた。
ユウヒが地面を炙り、「火花 陽炎」の準備をする。また、もう片方の手で魔法陣を描き、龍鬼の足元へ遠隔で「火花 蒲公英」を仕掛ける。同時に、ネガがユウヒに増強魔法をかける。それを、龍鬼が攻撃を放つまで、出来る限り行う。龍鬼が攻撃を開始したら、迅速にユウヒが「火花 陽炎」を展開。それに乗じてネガが龍鬼の背後へ向かう。龍鬼の攻撃は陽炎の幻覚である程度命中率は下がるが、それでも万一に備え、ユウヒが炎で攻撃し龍鬼の注意を惹きつける。その攻防の中で、天井へ穴をあけ、「火花 向日葵」の準備が出来るようにする。ネガが龍鬼の背後に辿り着き、減退魔法をかけ、それがある程度効いたところで「火花 蒲公英」を起爆。また、「火花 陽炎」を解除する。これで、ユウヒが同時に発動している魔法はなくなり、穴のあいた天井、さらにその上空に、「火花 向日葵」となる炎の塊を展開してゆく。
いくつかパターンを想定した予行練習のうちの1つが、見事に成功した。ユウヒは全ての力を注ぎ、上空へ魔力を集める。しかし。
「がっ、こ、この・・・!許さなイ!!」
炎上の中から長い首を出し、焦げた髭、焼けただれた顔の龍鬼が牙を剥き出し口を広げると、口内に魔力が渦巻いた。光線を吐き出すつもりである。
「ユウヒ!危ないっす!」
「でも!このチャンスを逃したら、もう1回こう都合良くはならなそうでしょ!?」
泣きそうな顔で、それでも両手で握った杖を上空に向けたまま、ユウヒはその場を動こうとしない。
「そ、それなら・・・!おいらがやらないとじゃないっすか!!」
ネガが、炎上の中に腕を突っ込む。ピリピリとした痺れに似た痛み、そして激痛。
「ああああ!!!」
ネガの絶叫、それでも、ネガは龍鬼の背中に手を当て、減退魔法をかけた。龍鬼の吐き出そうとする魔力の渦が、徐々に小さくなる。龍鬼も力を振り絞り、それに抵抗しようとする。そして。
ついに、龍鬼が光線を吐き出した。と同時に、ユウヒも杖を振り下ろす。
「いっけえ!! 火花 向日葵!!」
上空から、天井の大穴をさらにこじ開けるようにして、隕石のように巨大な炎の塊が落下してくる。ネガが炎上から腕を引き抜き、必死にユウヒのもとへ駆けてゆく。龍鬼はもがきながら炎上から抜け出そうとするも、ネガの減退魔法に力を弱められた上に、光線を吐き出すための魔力を消費して、上手く動くことが出来ない。ネガが脚を攣りそうにしながらユウヒの足元へ飛び込むのと、轟音を上げて巨大な炎の塊が龍鬼を包むのとが、同時であった。炎の塊は龍鬼の身体を燃やしながら勢いを緩めることなく床を抉り、階下の鬼たちを巻き込みながら地上へと落下した。
一方で、龍鬼の吐き出した光線はユウヒの左脇腹を撃ち抜いていた。ネガの減退魔法で弱化されていたとはいえ、十分に殺傷能力のある攻撃であった。
息を荒らげ、膝をつきながらも、ネガを案ずるユウヒ。しかし、ユウヒの意識は遠のいてゆく。と、思ったところで徐々にはっきりとしてくる。気が遠くなるような痛みも、少し和らいでいる。
「あ、あんまりっすよ・・・おいらだって自分の腕の火傷を回復させたいっすけど・・・でも、ユウヒの方が明らかに重傷だったんすから・・・」
温かい光に包まれ、ユウヒは「えへへ・・・」と笑った。
「オロチ山の時も、なんだかこんな感じだったよね」
ユウヒが思い出したように呟くと、ネガは「あの時は、おいらは無傷だったっすけどね」と返す。
「でも、あの時のおいらだったら、今のユウヒは治せてないっすよ。おいらの火傷も、こんなに悠長にはしていられなかったっす」
ユウヒの傷がふさがってきたのを確認し、ネガは自身の腕の火傷の回復も並行して行う。こちらは、応急処置といった具合だ。
「あとの2部屋は、どうなってるっすかね」
ネガの呟き。横たわったユウヒが、穴のあいた天井から夜空をみつめる。
「大丈夫。みんな、うちらよりは、なんとかしそうじゃん?」
ユウヒの言葉に苦笑するネガであったが、「そうっすよね」とユウヒの横に寝転がり、並んで空を見上げた。




